虐待は連鎖する――母を思えば、自分の子どもを愛せるか自信がなかった。妊娠後、元夫との関係に亀裂が生まれた
◆体の衰弱と共に弱っていく心 私は、答えを知りたかった。正解を知りたかった。しかし、どの育児本にも妊婦向けの雑誌にも、そんなものは載っていなかった。 「悪阻は安定期には終わる」と書いてあるのに、私の悪阻は終わらない。「こうしたら軽くなる」をすべて試しても楽にならない。「お母さんのストレスが赤ちゃんに1番悪い」――その文言を目にした瞬間、雑誌を壁に投げつけた。そんなこと、これみよがしに言われなくとも、誰より自分がわかっていた。 体の衰弱と共に弱っていく心は、悲しいほど冷静さを失う。そしてとうとう、私は元夫に告げた。「自信がない」と。「私はちゃんとした母親になれない」と。元夫は、泣きじゃくる私を見下ろして「見損なった」と吐き捨てた。そうして、これみよがしに私の目の前でタバコを吸いはじめた。 私の悪阻症状は、“匂いづわり”も顕著であった。タバコはその最たるもので、彼が吐き出す副流煙があたりをただようと同時に、私はトイレに駆け込んだ。嘔吐と共に流れる体液のすべてが、白い便器にぼたぼたと落ちた。
◆口以外から摂取する栄養が不足していた 悪阻の期間は文字を読むだけでも酔ってしまい、本から遠ざかっていた。それもまた、私の心を枯らす要因になっていたのだと思う。私にとって、本は主食である。食べなくても死なないけれど、食べないと力が湧いてこない。 子どもの父親である元夫に「辛さをわかってもらえない」悔しさ。いつまでたっても強くなれない自分自身への苛立ち。その両方が渦巻く夜、私はおもむろに本を枕元に置いた。 洗面器を抱えて眠ることに、いい加減飽き飽きしていた。お気に入りの本ならば、何周も読んでいる本ならば、中断しながらでも物語を追えるだろう。たとえ追えなくても、心が震える一節に出会えればそれでいい。 助けてほしい。何かしらのヒントがほしい。この子を守るための足がかりがほしい。お腹をそっと撫でながら、祈りに似た想いを抱き、ゆっくりと頁をめくった。 “「栄養ていうもんは、口からしか採られへんもんと違うやないか。口から食べられるもんは食べられる時期に食べたらええし、それ以外のもんはそれ以外の楽しみ方をしたらよろし。せやないか?」” 大好きな登場人物の台詞を目にした瞬間、驚くほどホッとした。ああ、私はずっとこの人に会いたかったんだ。そう思ったら、少しだけ酸素が入ってきた。愛すべき物語。愛すべき人物たち。私の中で息づく彼らは、いつだって人生の分岐点において、静かに隣にいてくれた。 ※引用箇所は全て、村山由佳氏著作『すべての雲は銀の…』本文より引用しております。
碧月はる