重量挙げ日本代表・宮本昌典が2度目のオリンピックを前に語った言葉。「16年続けた競技を楽しんでいきたい」
前だけを向いて努力した。それが今に繫がったと思う。
3年前の東京オリンピック。宮本は実力を発揮できず7位に沈んだ。それまでの自分のベスト記録を出していたら銅メダルを獲得できていた。 「本番1か月ぐらい前に体調を悪くして。全然思い当たることはなかったのですが、ストレスによる急性の病気だったと思います。ただ、東京で悔しい思いはしたけど、それを振り返って何かを得たという部分はない。 東京から3年、パリに向かってがんばっていく、努力していく中で成長を感じる部分はいっぱいあった。後ろを向くことなく、常に前を向いて成長できたのがよかったんです」 だから、練習は東京オリンピック以前から行ったことを淡々と続けた。やってきたことは間違っていないと確信していたからだ。午前、午後の1時間半から2時間半、バーベルと格闘する。ただ競技以外の私生活ではより自分を律するようになった。 「たとえば、食事に気をつけるようになって、カラダも変わって、今の競技レベルにも合ってきていると思います。 前は夜中にラーメンを食べに行ったり、夜はピザだったりとか(笑)。それを今は脂質制限をしたり、サプリメントも摂るようになった。食事は昼、夜とほぼ鶏のささみと十六穀米です。朝はプロテインなどをしっかり飲む。それでカラダは引き締まったし、筋肉もついた。そこが変わって、また気持ちも変わったので強くなったと思っています」
人生の目標はとっておく。より高みを目指したいから。
重量挙げは2つの種目によって競われる。スナッチはバーベルを一気に頭上まで挙げて立ち上がる。一方、クリーン&ジャークは、まずバーベルを肩の高さまで挙げ、次に頭上へと突き出す。 大会では2つの種目を3本ずつ行い、最大重量の合計で順位が決まる。ワールドカップで宮本はまずスナッチで150kgを挙げる。2本目は155kgで失敗。しかし3本目に158kgを成功させる。これは男子73kg級の日本記録だ。 「2本目の失敗は痛かったけど、自分ではほぼパーフェクトに近い数字が出ました。これは、それなりに準備ができていたから、それが自信に繫がったということでしょうね」 そしてクリーン&ジャーク。1本目は187kg、成功。2本目は192kg、成功。これも日本新記録。ところが3本目は、棄権を選択する。 「350kg(2種目合わせて。日本記録)が達成できて、オリンピックのランキングも3位に確定した。それが自分に課した条件だったのでやめました。本当に絶好調だったので(クリーン&ジャークで)200kgまで行きたかったですが、この重量は人生の目標と考えていたので、辿り着いたら、さらに高みを目指せないかもしれないと思った。満足してしまうのが怖かったんです」 かくしてパリへの切符は手に入った。先に述べたようにワールドカップが行われたのが4月。「本来なら大会の間は半年空けたい」と宮本は語るが、実質は4か月ほどしかない。宮本はどのような活躍を見せるのだろう。 「本当に自分はパフォーマンスを出すだけだと思っているんです。よいパフォーマンスをみんなに見てもらいたいし、届けたいという気持ちしかない。それができれば、メダルがついてくるんだと思っています。 16年間、重量挙げをやってきて、今後自分がどれほどのパフォーマンスが出せるかわからない。次のオリンピックに行けるか?と言われれば、行くことは行けると思う。 ただ、そのときにビッグパフォーマンスが出せるかというと、それよりは今だと思っているので、もうやるしかないです。自分の気持ちというか、モチベーションも東京のときとはだいぶ変わっているので、本当の意味で今がピークだと思って楽しんでいきたいです」 かつては華々しい歴史を刻んだ男子の重量挙げ。しかし、近年は低迷に泣き、パリでメダルを獲得すれば40年ぶりの快挙となる。自らの持てるパフォーマンスを存分に引き出して戦う、宮本の姿に期待したい。 取材・文/鈴木一朗(初出『Tarzan』No.885・2024年8月1日発売)