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<PlayHard特別な夏・磐城>/3 欠かせぬ存在、マネジャー 悔いないサポートを 選手とともに集大成 /福島

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センバツLIVE!

 今では磐城高野球部に欠かせない存在になったマネジャーの遠藤百恵さん(3年)だが、入部当初、選手たちとの間に距離を感じていた。中学時代は陸上部で、野球のルールも分からず「部員の要望や(マネジャーの)先輩の期待に応えられなくて悔しかった」と一時は退部も考えた。だが、用具の準備に後片付け、チームの記録の管理など、できることが増えると、次第に選手たちと打ち解けた。同級生部員は「百恵を甲子園に連れて行く」と約束してくれた。あれから2年4カ月。今では「入部していなかったら、こんなに楽しい高校生活はなかった」と言い切る。 【真夏の熱闘】交流試合の写真特集はこちら  5月末、学年ごとに決められた分散登校日。練習は再開していなかったが、遠藤さんは手作りのお守りを全部員32人と渡辺純監督、後藤浩之部長に渡した。クマの形に「IWAKI」と刺しゅうしたもの。センバツ出場時に渡そうと思っていたもので2、3年生には1人ずつ手紙も添えた。みんなで野球ができる日常に早く戻れるよう願い、それぞれ応援の言葉を小さなメッセージカードにびっしり書いた。部員たちの驚く顔を見て笑った。  新型コロナウイルスの感染拡大に伴う休校期間中、野球部や部員の存在の大きさを実感したという。「みんなに会えない毎日がこんなにも寂しいなんて思っていなかった。早く会いたい気持ちでいっぱいでした」  21世紀枠での出場が決まっていたセンバツが中止となり、夏の甲子園と地方大会の中止も決まった時はテレビもネットニュースも見ないようにした。磐城の映像が流れると思うと、受け止められなかった。「こんなつらい経験はしたことがなくて……」と振り返る。  夏の甲子園中止決定後の5月22日、部全体のミーティングを終え、3年生だけで集まった。県高野連は独自大会を開催する方針を示していたが、受験勉強に専念するために早期の引退を口にする選手もいた。遠藤さんは泣きながら「最後はグラウンドで、みんなで終わりたい」と訴えた。  部活動が再開されて間もない6月14日、久しぶりの練習試合に臨むナインに「頑張れ!」と声をかけ、グラウンドへ送り出した。誰一人欠けることなく、県独自大会とその後のセンバツ交流試合に向けて再スタートした。「みんなで同じ目標に向かって頑張れる日常が戻ったことが、とにかく幸せ」。選手たちを見つめるまなざしは愛情にあふれていた。  「みんなが悔いなく高校野球を終えられるようにサポートしたいし、自分も支えてくれた家族に成長した姿を見せられるように全力で挑みたい」。15日はセンバツ交流試合で国士舘(東京)と戦う。甲子園に行くという約束を守ってくれた選手たちとともに、遠藤さんも高校生活の集大成を迎える。=つづく

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