なぜ痴漢被害者の高校生は中傷された? 理不尽な炎上を助長する“思考停止した人たち”
痴漢被害がピタリと止んだイラスト入りのカード
最初に殿岡が加害者を捕まえたのは、入学から一年が経った2015年の4月のことだった。警察に教わった通り、その場で加害者の手をつかみ、周囲の乗客に助けを求めた。しかしこの時も周囲の乗客は黙っているだけだった。そのため、彼女は自分一人で加害者の手をつかんだまま駅のホームに降り、駅員に引き渡さなければならなかった。 それからが大変だった。駅に警察官が呼ばれ、殿岡と加害者は警察署へ連れて行かれ、調書を取られた。痴漢被害について事細かく聞かれ、マネキンを自分に見立てて被害状況を説明する。その日の取り調べだけで5時間を要した。 16歳の殿岡にとって精神的な負担は大きかったが、相手が痴漢常習者だと知って、絶対に泣き寝入りしないと心に誓った。加害者の弁護士から持ちかけられた示談も断った。 しかし裁判の結果は、殿岡にとって信じがたいものだった。再犯だったにもかかわらず、執行猶予が付き、加害者はそれまで通りの社会生活を営むことが許されたのだ。 殿岡は語る。 「女子高生があれだけ被害と勇気と時間をかけて捕まえても、犯人は普通に社会で生活できるんです。それなら示談にしてお金をもらった方がマシと考える人がいても不思議ではありません。だから痴漢がなかなかなくならないという一面もあるのです。 私はこのまま被害に遭いつづけるのは絶対に嫌だと思っていました。それで母と相談し、『痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません!』と書いたイラスト入りのカードを作り、それをピンで学生鞄につけることにしました。痴漢の抑止になるんじゃないかと考えたのです」 このカードは想像以上の効果を発揮し、痴漢被害がぴたりと止んだ。彼女の母親は、痴漢被害に苦しむ他の女性たちにも知ってほしいと考え、一連の出来事をSNSに書き綴った。 これに目を留めたのが、母親の友人の松永弥生だった。松永は殿岡の行動力に感心する一方で、10代の少女が一人でこんなカードをつけなければ安心して電車に乗ることすらできない現実に心を痛めた。 それで母親と殿岡に話を持ち掛け、「Stop痴漢バッジプロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトによって痴漢抑止カードをモデルにした缶バッジに製作し、啓発活動を行うことにしたのだ。