MVPを選ぶ基準は何? ベテランライターが振り返る「メジャーリーグ個人賞」記者投票の葛藤
【投票に影響を与える記者を取り巻く環境】 例えば、2010年にはサンフランシコ・ジャイアンツのバスター・ポージー(捕手)がシーズン途中のデビューにもかかわらず、108試合の出場で新人王に選ばれた。フルシーズンを戦い、142試合に出場したアトランタ・ブレーブスのジェイソン・ヘイワード(外野手)は、WARなどの数字ではポージーを上回ったが選ばれなかった。そして2012年にハーパーがナ・リーグ新人王になったのは、彼の将来性も加味された結果だと後になって気づかされた。 2021年のア・リーグ新人王選考に話を戻すと、20歳のフランコは6月に昇格し、最初は苦戦したものの、8月以降は打撃で存在感を示し、終盤には3番打者に定着した。一方、アロザレーナは前年のポストシーズン20試合で10本塁打と歴史的な大活躍をしており、ア・リーグ優勝決定シリーズではMVPに選ばれた。筆者はその全試合を現場で取材していたし、大舞台であれだけ打った選手を、翌年新人扱いすることに抵抗があった。しかしながら2021年、明らかに筆者の考え方は少数派だった。 また、2020年のア・リーグMVP選考では、シカゴ・ホワイトソックスのホセ・アブレーユ一塁手が21人の1位票を獲得し、374点で受賞。一方、私が選んだのはクリーブランド・インディアンズ(現・ガーディアンズ)のホセ・ラミレス三塁手で、8人の1位票を得て303点で2位だった。新型コロナによる短縮シーズンでのWARはラミレスが3.1、アブレーユが2.9、OPS(出塁率+長打率)もラミレスが.993、アブレーユが.987と差はなかった。両チームは勝敗数も同じで、ともにポストシーズンに進出した。私がラミレスを選んだ理由は、ペナントレース終盤での活躍が決定的だったから。特に9月22日の試合では、ホワイトソックス相手に10回にサヨナラ本塁打を放ち、劇的にポストシーズン進出を決めた。 BBWAAでは「MVP/MOST VALUABLE PLAYER」の定義は明確でなく、「価値」が何を意味するかも定かではない。そのため、投票者は独自の基準で選べる。ベースボールダイジェスト誌の年間最優秀選手などとは異なり、主観を反映されて良い。シーズン中の安打数や打点数の多さからアブレーユがマジョリティの1位票を得たようだが、筆者は終盤の活躍に重きを置いた。 私は、記者は多様な考え方や意見を持ったほうがいいと信じている。 例えば、2018年のナ・リーグのサイ・ヤング賞では、筆者はニューヨーク・メッツのジェイコブ・デグロムに投票し、30人中29人が同じくデグロムを選んだ。デグロムは217イニングを投げ、防御率1.70、10勝9敗、269奪三振を記録し、WARでも9.0でトップだった。一方、ライバルのナショナルズのマックス・シャーザーは220.2イニングを投げ、防御率2.53、18勝7敗、300奪三振で、WARは7.5だった。セイバーメトリクス(野球を数字でデータ分析し、統計学的根拠を加えて選手の評価を行なう手法)が今ほど浸透していなかった20年前であれば、シャーザーの勝ち星の多さが評価されていた可能性が高い。しかしながら、近年では投手の勝ち星は運に左右され、必ずしも投手の実力を正確に反映していないという考え方が定着している。 2010年にはシアトル・マリナーズのフェリックス・ヘルナンデスが13勝でサイヤング賞に選ばれた。とはいえ2018年のデグロムはそれよりさらに少ない10勝でほぼ同数の9試合に負けがついた。シャーザーの勝ち星や奪三振数を考慮すると、もう少しシャーザーに票を入れる記者がいてもよかったのではないかと思っている。 最近は個性的というか、突飛な主張はやりづらくなっている。SNSの影響だ。個々の記者が誰に投票したかが明らかになるため、気に入らない投票に感情的になったファンからヒステリックに攻撃される恐れがある。さらにスター選手の契約に、投票の結果に絡んだ付帯条項が付いていることが少なくないため、投票が選手の報酬を決めてしまう。 取材する記者と取材される選手の間で、投票が原因で軋轢や摩擦が生まれたのでは本末転倒だ。報道倫理の問題でもあり、取材活動に影響が出る。そもそも記者の仕事はニュースを報じることで、ニュースを作ることではない。だからBBWAAにも投票を断る記者もいるし、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ワシントンポスト』紙、『ロサンゼルス・タイムズ』紙などは、記者を採用する時点で、契約書に「投票はしない」という項目を入れている。 つづく〉〉〉
奥田秀樹⚫︎取材・文text by Okuda Hideki