山田裕貴、『君が心をくれたから』で試される“人間力” 「いろんな意味で凄いドラマ」
■「僕は家族で観てほしいと思っています」
――第2話の見どころをお願いします。 山田:難しい間柄というのは、恋愛だけに生まれる問題ではないと思っています。友達のこともあれば親のこともある。太陽にも家族の問題がありますが、何が次の原動力になって、なぜこういう人間になったのかという背景が描かれています。雨のほうも、暴力を振るう母親に育てられた経験により自分を出すことができず、暗い自分のまま高校生活を過ごしてしまった過去がある。雨と太陽だけでなく、この作品にはそれぞれの家族の思いも描かれているんです。そんなふうにいろいろな視点から観ることのできる作品だからこそ、僕は家族で観てほしいと思っています。 ー「家族」ですか。それはなぜでしょう? 山田:この作品はラブストーリーと銘打ってますが、後半になるにつれてこの物語は家族の話になっていきます。例えば、雨のように五感を失う状況になった時、見守る人たちはどのような感覚で側にいたらいいのか。どう居てあげたら彼女は幸せにいられるのか。最近、いろいろな悲しい出来事が起きましたが、その渦中にある人たちに、どういうことをするのがいいのか。何もかもしてあげようとすることが優しさかと言ったらそうではない。それは対“人”においてもそうだと思います。相手にとっては傷つく行動かもしれないとか、いろんなことを考えて観れる作品だと思うんですよね。 ――自分の優しさを疑えるようになるということですね。 山田:そういう見方もできるんじゃないかなと。僕は自分が生きる上で、絶対に“施さない”ようにしています。友達にも親にも、「助けてあげる」ということを、あまりしません。だってその人の人生だから。もちろん味方ではいます。「助けて」と言われたら、絶対に助けには行きます。ですが、そういうことがあるまで僕は見守るんです。そういう部分も太陽に盛り込んでいきたいなと思っています。太陽の優しさが雨を傷つける時もありますので、この行動が優しさなのか、一回自分を見直せるのではないかと思っています。そう考えると、第2話での花火師としての陽平(遠藤憲一)と、父親として息子を見守る陽平から、優しさだったり愛情の深さだったり感じられると思います。五感を失うというのは悲しくはあるけれど、いろいろなところに愛情が散りばめられているので、そういったところに注目してもらいたいですね。改めてこの作品は、ただのラブストーリーではないと思います。
Nana Numoto