「目標が欲しかった」メイン出演作がなかった俳優の挑戦。宮田佳典、自ら映画を作ろうと思ったのは「自分たちの代表作を」
やりたかったコメディー作品に主演
2022年、宮田さんは、文化庁委託事業「ndjc(New Directions in Japanese Cinema):若手映画作家育成プロジェクト」で製作された短編映画4作品のうちの1作『サボテンと海底』(藤本楓監督)に主演。 宮田さんが演じた主人公・柳田佳典は、30代半ばの俳優。映画に出演するチャンスになかなか恵まれず、映画やCMの撮影前に出演者の代わりをするスタンドインの仕事をこなす日々を送っている。ある日、映画の主演オーディションのチャンスが訪れ、主演に決まるが大幅な変更が繰り返され出演シーンがほとんどなくなっていく…という展開。 「僕はコメディー作品が好きで、ずっと挑戦したいと思っていたんです。東京藝大出身の川田真理監督と映画『タクシー野郎 昇天御免』でお仕事したときの縁で藤本楓さんと知り合うことができたのですが、藤本監督が『サボテンと海底』というブラックコメディーの脚本を僕に当て書きしてくれて。主演で撮っていただきました」 ――劇中のオーディションのシーンで、コミカルな表現からシリアスな表現まで色々やっているのがすごかったですね。 「あのシーンはアドリブだったので、めちゃくちゃ難しかったです。10分か15分ぐらい長回しで、ずっと皆さんに見られていたんですよ。撮影場所含めて、まるで本当のオーディションみたいな感じで勇気がいりました(笑)」 ――次から次へといろんなパターンの表情をされていてすごいなと思いました。 「ありがとうございます、あれは頑張りました(笑)。台本には1行だけ書いていて、藤本さんからは、これとこれだけはやって欲しいですと言われていたんですけど、それ以外はもう自由で…。シーン通り『本当にこのシーン、フリー演技ですか』みたいな。でも、それがすごく自分の中では楽しかったですね。 僕はあとで知ったのですが、このオーディションのシーンは監督自ら手持ちカメラを回していて、笑いながら撮られていたみたいで、ブレてるんです! 撮影だから、みんな笑えないじゃないですか。自分の演技が滑っているのか受けているのかまったくわからないなか、無言のあの空気に耐えるのは至難の業でした。でも、皆さん下を向いて笑いを我慢してくれているのがなんとなく見えたときには心が救われましたね。 ndjcはずっと好きで、2015年に存在を知ってから毎年劇場に見に行っていたので、いつかは主演したいなって思っていました。 僕の前の年に佐野くんが『LONG-TERM COFFEE BREAK』(藤田直哉監督)という作品で主演していたのですが、それも彼が藤田監督に『一緒にやろう』と言って一緒にやっていたので。次の年にできたのでタイミングも良かったと思います」 ――売れない俳優にようやく主演の話が来たと思ったら、どんどん話が変わっていって出番がなくなっていく…切ない展開でしたね。 「そうですね。それでもやるっていうのは、何か昔を思い出しながら…という感じがしました」 ――寒いなか、プールで何度も撮り直しをさせられて風邪までひいたのに、最終的にはカットされてしまいます。 「全カットですから、つらいですよね。エンドロールの名前までなくなってしまう。でも、こういう自分の思いだけじゃうまくいかないことってあるよなっていうのは思いました。 自分が一生懸命やったとしても、この映画と同じようにカットされることってありますよね。そのときは本当に何とも言えない気持ちにはなります。 でも昔、作品のために自分がどれだけ尽くせるかを考える必要があると演技を学んでいるときに教わりました。それからは自分の良さを見せるということより、作品第一で現場に臨むように心掛けています」 『サボテンと海底』は昨年、香港国際短編映画祭でも上映されて話題に。高校時代からボクシングをはじめた宮田さんは、『あゝ、荒野 後編』(岸善幸監督)、『BLUE/ブルー』(吉田恵輔監督)、『ケイコ 目を澄ませて』(三宅唱監督)、『春に散る』(瀬々敬久監督)などボクシングが題材の出演作品も多い。 次回後編では、第80回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)をはじめ、多くの賞を受賞した濱口竜介監督の映画『悪は存在しない』、2024年9月27日(金)に公開される映画『SUPER HAPPY FOREVER』の撮影エピソードなども紹介。(津島令子)