一生正社員になれない…日本企業の「賃上げ」を阻む「非正規雇用者」の強すぎる存在感【元IMFエコノミストが解説】
日本の労働者の約4割を占める非正規雇用者
また、雇用形態によっても、企業が従業員に対して行う人的投資の取り組みに差が存在します。 厚生労働省「能力開発基本調査」によると、正社員以外の従業員に対して、計画的なOJTとOFF‐JTを実施している事業所の割合は、正社員に対するものの約半分にとどまっています。 図表1をご覧ください。OJTの受講機会については、正規雇用者は26%程度で推移している一方、非正規雇用者は若干の低下傾向が見られます。2021年にOJTを受けた割合は、正規雇用者が25.6%、非正規雇用者が22.1%で、その差は僅かです。 OFF‐JTを受けた割合については、コロナ禍で正規雇用者、非正規雇用者ともに減少していますが、どの年も非正規雇用者の割合は正規雇用者の半分近くとなっています。 正社員と非正規社員の間で受けられる人的投資に差があることは、個人にとっても経済全体にとっても大きな問題です。 個人にとっては、非正規社員が教育訓練を受ける機会が少ないことで、一度非正規社員になるとスキル獲得や能力向上の機会が限られ、その結果、正社員への転換が難しくなります。また、スキルや能力を向上できなければ賃金も上がりにくく、将来、正社員との賃金格差がさらに広がる可能性もあります。 経済全体としては、平均的な労働者の質が低下することが懸念されます。この30年間で日本では非正規社員が大きく増加し、今や雇用者の約4割を占めています。人的投資を受ける機会が少ない非正規社員の増加は、経済全体での人的資本の蓄積が低下し、労働の質向上が停滞する大きな原因になっていると考えられます。 日本の人的投資を他の先進国と比較してみましょう。図表2は、GDPに占める企業の能力開発費の割合を国際比較したものです。 ここで扱っている人的投資はOFF‐JTに関するものであり、OJTは含まれていないことに注意が必要ですが、日本のGDPに占める企業の能力開発費の割合は、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリスと比較して、著しく低い水準にとどまっていることがわかります。 また、日本のGDPに占める企業の能力開発費の割合は長期的に低下傾向にありますが、他の先進国では必ずしもそうではありません。1995~1999年と2010~2014年の数字を比較すると、ドイツやイギリスではその割合が低下していますが、アメリカ、フランス、イタリアでは割合が上昇しています。 人材にお金をかけないと、スキルが伸びません。これは企業、そして国の経済成長にとってマイナスの影響を与えます。お金をしっかりと人にかけられるような環境を作ることが重要です。 宮本 弘曉 東京都立大学経済経営学部 教授
宮本 弘曉