「日本の映像業界には『濡れ場』が多い」 日本で数人のインティマシー・コーディネーターが実情と未来を語る一冊
AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。 【写真】『インティマシー・コーディネーター 正義の味方じゃないけれど』 2022年の流行語大賞にノミネートされたインティマシー・コーディネーター(IC)。日本で数人しかいないICの一人である筆者の西山ももこさんは、いかにしてその仕事についたのか。ガッツで留学を果たした学生時代、パートナーとの出会いや別れなど紆余曲折の人生とICの仕事内容やいまだ抱える現場の問題点、ICの未来を書いたノンフィクション『インティマシー・コーディネーター 正義の味方じゃないけれど』。西山さんに同書にかける思いを聞いた。 * * * インティマシー・コーディネーター(IC)。映画やドラマの撮影現場で性的な描写やヌードシーンなどにおいて、俳優の同意を取りながら監督の意向を聞き、制作を円滑に進めるその存在はいまや広く認知されている。だが日本に数人しかいないICの一人、西山ももこさん(44)の著書には驚きがいっぱいだ。 例えば「実は日本の映像業界には『濡れ場』が多い」(え? そうなの?)、「値切られる」「ICだけで生計を成り立たせるのは難しい」(え? ライターと一緒?)。なにより「ICは正義の味方じゃない」。 「ICは俳優を守る“正義の味方”というイメージで見られがちですが、私たちはあくまでも撮影が安全に行われるための調整役。正義の味方でもなんでもないんです」 と、西山さんは歯切れ良く話す。気さくで朗らか、なんでも相談できそうなオーラが全身から溢れ出ている。
本著ではまずICになるまでの紆余曲折の人生をオープンに綴った。留学生活、パートナーとの別れ、フリーのロケ・コーディネーターとして日本のテレビ番組のためにアフリカを駆け巡った日々──。 「ディレクターから『民族の生活を昔ながらのものに見せたいからプラスチック製品を全部隠してもらって』と言われ、違和感を持ちつつも応じていました。当時は『西山さんだったらやってくれる』と仕事をもらえることに自分の価値があると思っていた。ハラスメントなどにも正直、感度が低かったと思います」 2020年、友人の勧めでICの存在を知り「初めて目が開いた」と笑う。ロケ・コーディネーターのスキルを生かし「爪跡を残さず、裏方であること」をモットーに、40以上の作品に関わってきた。 「インティマシー・シーンというとベッドシーンなどを想像すると思うのですが、日本には温泉もあるし、入浴シーンが多いんですよね。男性が銭湯で乱闘するシーンなどにもICが必要になるんです」 いまもあからさまに「めんどくさい」顔をされたり、アップデートされているはずの若い世代のリテラシーの低さにがっかりしたりすることもある。それでも需要の高まりに応えるべく、奔走する。 「近年は配信コンテンツの増加で性描写がより過激になっている。私は性表現がないほうがいいとは思いません。そこに意図や必要性があれば肯定する。だからこそ、だれかの犠牲のうえに作品を作ってはいけない。俳優、監督、スタッフ全員が安全に良い作品を作るために調整をします」 ノーと言う勇気やギャラ交渉の大切さなどあらゆる仕事人へのエールにもなっている。 「いま世間に『目標を持て』という空気が蔓延していて、息苦しいんじゃないかなと思うんです。私は40歳になってICという仕事に出合った。人生なにがあるかわかりません。この本で特に若い人たちに『大丈夫なんだ』って思ってもらえれば嬉しいですね」 (フリーランス記者・中村千晶) ※AERA 2024年5月20日号
中村千晶