競馬を陰で支える馬運車を潜入取材! 「競走馬ファースト」の秘訣に迫る(後編)
競馬にはさまざまな人やモノが関わっている。競馬の主役である競走馬を開催競馬場まで運ぶ馬運車(ばうんしゃ)もそのひとつ。その馬運車を、競走馬輸送会社、日本馬匹(ばひつ)輸送自動車の協力のもと、同社の美浦営業所と、馬運車を製造する東京特殊車体の工場に潜入。そこには「競走馬ファースト」のさまざまな工夫が施されていた。(取材・構成・写真 吉田桜至郎) 【写真】馬室天井に設置されている小型カメラは運転席のモニターと繋がっている 馬室に入ってすぐに感じた印象は「思ったより狭い」。500キロ前後の競走馬を最大で1台に前後3頭ずつ、計6頭の競走馬を運ぶことができるが、横並び3頭の場合、1頭分の幅は約72センチで、想像以上に圧迫感を感じる。藤井さんによると、JRAの競走馬輸送では4頭までしか積まず、「4頭か3頭が多いですね」。馬を仕切る板は動かすことができ、通常時の1頭分のスペースから、個々の馬の特性などを考慮して厩舎サイドから要望があれば1・5頭分の幅(約109センチ)まで広げることができる。馬が収まる部分はゴムやクッションが張り巡らされており、万が一、暴れたときでもけがをしないよう細部まで工夫が施されている。 高さのある天井を見上げると、小型のカメラが設置されており、運転席のモニターとつながって輸送中に馬の様子を逐一観察できるようになっている。上部には換気扇や排気口、両側には通気用に開閉可能な窓が多くある。特に長距離輸送においては「輸送熱」といって、馬の糞(ふん)尿なども絡んで車内の閉鎖環境で細菌が増殖し浮遊するなどの影響で馬が体調を崩すことがあるが、良好な換気を保つことでそうしたリスクの軽減にもつながっているようだ。ちなみに、尿はステンレス製の溝を通って床下に搭載されている汚水タンクに運ばれて貯留される。これも室内の匂いや蒸れを抑え、空気環境を良好に清潔に保つことの一環だ。 今夏は、8月の新潟開催で暑熱対策の競馬が行われるなど近年は特に猛暑による影響が大きく、競走馬の体調面を優先させる取り組みがさまざまなところで見受けられる。馬は人間以上に暑さに弱いため、馬運車の室内は10分間いるだけで人間には寒いと感じるほど猛暑日でも室内の温度を20度程度に保っている。馬運車に初めてクーラーが取り入れられた1980年代以降、年を追うごとに性能の向上が図られ、今では空調設備は車内の前方、真ん中、後方の3カ所に設置。これは、ひとつでも故障した場合に備えているそうだ。まさに馬優先! ここまで設備が整っていれば、馬もノンストレスで輸送できるのではないかと感心したが、素人目に気になったことも。人間でも車酔いがあるように、バスなどの大型車は走行中の揺れが大きくなることもあるだけに競走馬も車酔いをするのでは? しかし、さすがは日本馬匹の馬運車。車酔い対策も抜かりなかった。室内の揺れを抑えるため、精密機械や美術品を運ぶトラックと同じように、コンプレッサーで圧縮した空気の圧力を用いるエアサスペンションを導入しているので、走行中でもほとんど揺れが気にならないという。「競走馬ファースト」の姿勢を貫いた馬運車の設計に深く感心した。