『フォールガイ』は映画愛に溢れた仕事人ムービー──飛んで落ちて泣いて笑って、暑さを一掃!
ライアン・ゴズリング主演、『ブレット・トレイン』、『デッドプール2』などのデヴィッド・リーチが監督を務めた映画『フォールガイ』。裏方であるスタントマンを主人公にしたアクションコメディで、数々の傑作映画へのオマージュや、製作スタッフへのリスペクトが感じられ、映画愛が伝わる作品となっている。夏の暑さを忘れるほど、泣いて笑えるドタバタ劇を痛快レビュー。 【写真を見る】『フォールガイ』の痛快アクションシーンをもっと見る
とある映画の撮影現場が舞台となり……
『駅馬車』(1939年)や『アラビアのロレンス』(1962年)、『スター・ウォーズ』(1977年)など、いつの時代も砂漠は映画のとっておきの舞台になる。2024年、そんな映画史の文脈に連なるように『デューン 砂の惑星 PART2』や『マッドマックス:フュリオサ』が公開されたわけだが、そこに”メタルストーム”が加わった。え?それって1983年公開では?という方、御名答。ここでいう”メタルストーム”は本作『フォールガイ』の劇中映画だ。1983年版『メタルストーム』にインスパイアされた”メタルストーム”は、砂漠の惑星を舞台に改造車が疾走する『マッドマックス』と『デューン』を合体させたようなSFアクション超大作で、撮影地はオーストラリア、どこかで聴いたことのあるような劇伴も流れるが、そこは御愛嬌だ。 ■ネタ元がわかるともっと楽しい ”メタルストーム”の監督を務めるのは、北米を中心に世界的ヒットを記録した『バービー』(2023年)のグレタ・ガーウィグ──にどことなく似ているジョディ・モレノ(エミリー・ブラント)。主人公のスペースカウボーイを演じるのは大人気俳優のトム・クルーズ──ではなくトム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)だ。監督はパートナーとの別れというパーソナルの体験をこのSF大作に昇華させたらしく──え? 『フォールガイ』の話は? そうだそうだ。仕切り直そう。 ■撮影現場のヒーロー、スタントマン 話を元に戻そう。”メタルストーム”は架空の新作映画で、その撮影現場で巻き起こる騒動を描いたのが本作『フォールガイ』だ。スタントマンのコルト・シーバース(ライアン・ゴズリング)は、撮影現場でもプライベートでもボロボロになりながら、なんとか映画を完成させるために奮闘する。スタントマンが周りのスタッフに無事を知らせるための「サムズアップ」を、スタントで吹っ飛ばされるたびに何度もするライアン・ゴズリングは、『バービー』のケンに引き続き不憫な役で笑ってしまう。タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)でも、ブラッド・ピットが演じるスタントマンの視点を通してハリウッドの裏側を描いていたが、『フォールガイ』も映画制作現場で働く労働者のヒーローとして、スタントマンにスポットを当てている。 ■まるでライアン・ゴズリング主演のデッドプール! 『フォールガイ』の監督を務めたデヴィッド・リーチはスタントマンからキャリアをスタートさせ、『ファイト・クラブ』(1999年)ではブラッド・ピットのスタントダブルも務めていた。そんな監督が1981年から1986年にかけて放送されていたドラマシリーズ『俺たち賞金稼ぎ!!フォール・ガイ』を原案にして映画を作るとなれば、そこに自身のキャリアを反映させるのは当然だろう。実際、『メタルストーム』の撮影現場にはデヴィッド・リーチが設立した映画制作会社「87ノース・プロダクションズ」のロゴがたくさん出てくる。 『フォールガイ』は制作現場を舞台にした映画ということで、メタ的な要素が盛り込まれている。たとえば、撮影中に失踪してしまった主演のトム・ライダーを捜索するノワールシーンで(『ブレードランナー』への目配せでユニコーンも登場する)、コルトがスプリットスクリーン(※画面が2つ以上に分割されて映される映像のこと)の演出意図について語ると、映画は実際にスプリットスクリーンになる。デヴィッド・リーチ監督は『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(2019年)でもスプリットスクリーンを使っており、さらに『デッドプール2』(2018年)の監督でもあるため、このメタ演出には既視感がある。 劇中で映画についてメタ的に言及し、スタントマンとして何度も死んでは生き返る本作のライアン・ゴズリングはデッドプールのようだ(名前もライアンだし)。『デッドプール&ウルヴァリン』が劇場で公開中ということもあり、『フォールガイ』はあったかもしれない『デッドプール3』のように見えてくる。そういえばエミリー・ブラントが出演している『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)ではトム・クルーズが何回も死んでいたような……。 ■撮影現場がアクション映画の舞台に! スタントマンが主人公の本作には、たくさんのアクションシーンが登場する。『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(2023年)の崖からバイクで飛び降りるシーンも記憶に新しいが、近年のトム・クルーズ映画のメイキング映像をみると、もしかしたら映画本編よりも迫力があるのではないかと野暮な考えが頭をよぎってしまうが、『フォールガイ』はそんな迫力のある撮影風景をそのまま映画化したような作品だ。 シドニーのオペラハウスを背景に撮影されたアクションシーンは、VFXで消す前のワイヤーがそのまま映り込んでいたり、撮影用のヘリが飛び交い、様々なスタッフが入り乱れながら作業している様子もそのままカメラに収められている。高い場所から飛び降りるハイフォールや車が横転するキャノンロール、『マイアミ・バイス』のジャケットを着ながらのボートジャンプなど、まるでスタントの教科書のようにド派手なアクションが次から次へと飛びこんでくる。夕方、その日の撮影が終わり、帰っていくスタッフたちの姿を捉えたショット、映画制作には多くのスタッフが関わっているという当たり前の事実がここには記録されている。 ■テイラー・スウィフトが流れるラブストーリー 本作はアクション映画でありながら、テイラー・スウィフトの楽曲が流れるラブコメディーでもある。一度は離れ離れになったジョディとコルトがふたたび近付いていく様子がアクションを通して描かれていく。風で飛びそうになる帽子、数メートルだけ移動する車、犬を引き連れてデート場所へ走る姿、ほんとに何気ないシーンでも、ジャッキー・チェン(ひいてはバスター・キートン)作品にも通じるようなアクションのリズムが根底にあり、ちゃんと笑えて、恋の高揚感もフィジカルに伝わるように撮られている。撮影現場のトランシーバーのチャンネルをこっそり切り替えて、ふたりだけの周波数で会話しながら、高所から落下するコルトは文字通り恋に落ちていくのだ。 ■スタントマンの敵は誰? そんなふたりの恋(制作現場)を邪魔するヴィランは誰か? その正体はここでは書かないが、彼らの悪事によって脅かされてしまうのは「信頼」だ。スタッフとの信頼関係があるからこそ、スタントマンは危険なスタントに挑戦することができる。本作では「ディープフェイク」の危険性も描かれているが、それも「信頼」に関わる問題だ。2023年の全米俳優組合と脚本家組合のストライキも、つまるところは、新しいテクノロジーの登場により揺らいでしまった製作会社との信頼関係を契約の見直しで取り戻すことにあったと言える。 『フォールガイ』は「VFXなしで撮られたアクションこそ至高!」と声高に宣言する映画ではない。当たり前だが、現在の映画制作にVFXは不可欠であり、作り手もそのことはよくわかっている。本作のエンドロールではスタントマンはもちろん、VFXアーティストにもしっかり敬意が払われている。問題なのはテクノロジーではなく、作品と人間を使い捨てるように「VFXで済ませちゃえばいいんじゃない?」と言ってしまう態度だ。あらゆる嘘を簡単に捏造できる現代において、映画という嘘を楽しむためにはリテラシーが必要だ。なにも難しいことはない。そこで働いている多くの人たちのことを考えるだけでいい。そうすれば私たち観客の信頼に応えて、スタントマンはサムズアップしてくれるはずだ。最後に注意点として、映画を観ている最中にスマートフォンを触ってよそ見をしていると爆発しちゃうかも! 気をつけて! 『フォールガイ』 8月16日(金)より全国ロードショー 配給:東宝東和 文・島崎ひろき、編集・遠藤加奈(GQ)