「チ。」「ピンポン」「デデデデ」……青年漫画誌「スピリッツ」のアバンギャルドさと革新性を分析
10月より毎週土曜、NHK総合にて放送中の話題のアニメ――『チ。~地球の運動について~』。原作は、2020年から 2022年にかけて「週刊ビックコミックスピリッツ」(小学館)にて連載された、魚豊(うおと)による「地動説」をテーマにした壮大な歴史コミックだ。 【写真】『映像研には手を出すな!』実写映画キャスト・山下美月が表紙「スピリッツ」 同作では、「天動説」が信奉されている15世紀のヨーロッパ(P王国)を舞台に、命を賭して宇宙の真理を求めた人々の姿が、衝撃的な展開を繰り広げながら描かれていく。 ◼️ヤンキー、ギャンブル…「青年誌」でウケやすいテーマ・ジャンルは? それにしても、現代の日本の読者に向けて、「地動説」の物語とは酔狂な話ではある。確かに、漫画家が漫画を描くうえで何を題材に選ぼうと作者の自由だし、かのロラン・バルトも、「世界中の物語は数かぎりがない。まず、驚くほど多種多様なジャンルがあり、(中略)人間にとっては、あらゆる素材が物語を託すのに適しているかのようである」と書いているとおりだが、それでも、「ビッグコミックスピリッツ」というメジャーな媒体で「連載」の枠を勝ち取るには、それなりにマスを意識した「素材」を選ぶ必要があるのではなかろうか。 では、そもそも青年コミック誌における、「マスを意識した」物語とはいかなるものなのか。それは、(かなり大雑把にまとめてしまえば)以下のようなジャンルの物語であると思われる(ちなみに私は、90年代の半ばからゼロ年代の初頭にかけて某青年コミック誌の編集部に在籍していた者だが、この傾向についてはいまも昔もさほど変わっていないものと思われる)。 ・学園物(高校・大学が舞台) ・恋愛物(ラブコメや、“お色気”を売りにした作品も含む) ・職業物(ビジネス物だけでなく、グルメ漫画なども含む) ・スポーツ物 また、ヤンキー物、ヤクザ物、ギャンブル物をはじめとした、「社会の暗黒面」を描いた物語も、一部の雑誌では好まれる傾向にある。 一方、少年漫画の世界では主流の1つともいえる「SF」や「ファンタジー」がここに含まれていないことに違和感を覚える方もいるかもしれないが、それらのジャンルは、実は青年コミックの世界ではマイナーな存在だと考えられているのだ。むろん、前述の『チ。』も広義のSFといえなくもないし、他にも、『AKIRA』(大友克洋)、『攻殻機動隊』(士郎正宗)、『ドラゴンヘッド』(望月峯太郎)、『GANTZ』(奥浩哉)、『東京喰種 トーキョーグール』(石田スイ)など、青年コミック誌で連載されたSF・ファンタジー漫画のヒット作、話題作は少なくない。しかし、それらの作品は、やはり「青年コミック」という大きな枠組の中では、「マイナーな領域から生まれた異例のヒット作」なのだと考えた方がいいだろう。 歴史物・時代物についても同様で(『チ。』はこちらのジャンルにも該当する)、『バガボンド』(井上雄彦)、『キングダム』(原泰久)、『ゴールデンカムイ』(野田サトル)のような爆発的なヒット作があるため見えにくくなっているが、本来は企画会議などでは敬遠されがちなジャンルの1つである。 ◼️マイナーな作品が世界を動かす もちろん、私はここで「マイナーが悪い」という話をしているのではない。ドゥルーズ=ガタリの「偉大なもの、革命的なものは、ただマイナーなものだけである」という有名な言葉を引くまでもなく、本来、誰もが驚くような「新しい漫画」は、頭の固い大人たちが「王道」だと考えているような領域からは決して生まれようがないのである。むしろ、ある種の起爆剤として、そうした「マイナーではあるが革新的でもある作品」が時おり誌面に現われるからこそ、雑誌は活性化できるのだともいえよう。 中でも、(くだんの『チ。』の掲載誌でもある)「ビックコミックスピリッツ」は、その種の「新しい漫画」を生み出すことに長けている青年誌だと私は常々考えている。