『M-1』でベテラン芸人も舌を巻いた東大卒コンビ・無尽蔵「〝お笑い好きが東大生になった〟だけ」
やま 『M-1』が競技のひとつとして確立したんだな、と思いました。お笑い好きだけではなく、勝負が好きな人やドラマが好きな人が多く見ているから制作側もそっちにシフトしてるんだと思うんですけど。お笑いというより『M-1』が好きって人が今は多いんじゃないですかね。HIP-HOPでいうバトルシーンは盛り上がってるけど音源が聴かれない、みたいな。そういう乖離(かいり)がお笑いでも起こり始めているのかなと。 野尻 サッカーではなくW杯が好きな人、みたいなね。 やま そうそうそう。別にそれはそれでいいんですけどね。盛り上がる人が増えることはいいことですし。 野尻 興行と競技の適当なバランスを探っているところで、今回は競技に寄せたんだろうな、と感じますね。でも敗者復活戦が盛り上がっていたのはいいことですよね。 やま テレビとしてね。 野尻 うん。目指したくなる。 やま ただ、純粋に視聴者として『M-1』を見ていた頃は「この10組が日本で一番おもしろい人たちなんだ!」って素直に見られたけど、今は、すごくおもしろいのに決勝に進めていない芸人たちを何組も知っているので、あの舞台に立つことの大変さがいっそう身に染みるというか......。自分たちが決勝に立つには、あの人やあの人も超えなきゃいけないんだ、って。あと、たった1回の漫才で合否が決まるのがねえ。 野尻 一発勝負すぎるよね。大学受験とかも複数回受けられるように改革が進んでるんだから。 やま 「せめて採点結果をくれ!」と。直すから。何点だったか教えてほしいですね。人生がかかってるんだから。 ■誰かに勝ちたいと思ってやってない ――働き方が多様な現代では、会社員をやりながら芸人になったり、コンテンツを作るならYouTuberという道もありますが、なぜおふたりは芸人を選んだんですか? 野尻 僕はお金持ちになりたいとか有名になりたいとかっていう欲望がそんなになくて、一番やりたいことがお笑いだったんです。よく「東大卒なのになんでお笑いやるの?」って聞かれるんですけど、東大生が一念発起してお笑いを始めたわけじゃなくて、お笑い好きが一念発起して勉強して東大に入っただけなんですよ(笑)。 やま 生意気かもしれないですけど、漫才が好きなものの中で一番楽にできるからです。音楽も好きで、ギターを触ったこともあるけどめちゃくちゃムズくて。でもお笑いは、ネタ書いて舞台に上がったらすごくウケたんですよ。費用対効果がすごく良かった。楽に楽しいことができたらそれに越したことはないし。サークル活動の延長線上で続けているところがあるので、ゴールを設定してお笑いをやったことがないんですよね。誰かより勝りたいという気持ちでやってることでもないし。そしたら楽しいはずのものが楽しくなくなっちゃうんで。 野尻 僕も一緒で、漫才が一番やりやすいんですよね。お金もかかんないし、それでいてライブもテレビ番組も多いし。好きだし。もちろん『M-1』の決勝には出たいですけど、僕らは1000回『M-1』があっても優勝はできないんですよ。ね? やま いや、優勝はしたいけどな! 野尻 それでも例えば、100回『M-1』をやったときに、1回でも優勝の目がある漫才師になれれば、それがゴールなのかなと思います。 あとは全国にいる僕らみたいなお笑い好きが、『M-1』の予選動画を見て、次の日の学校でお笑いの話が唯一できる友達と「無尽蔵の漫才がおもしろかった」「なんで3回戦で落ちるんだ」って話してくれたら、もうそれでいい。あの日のGYAO!に僕らがなれたらうれしいっすね。 撮影/鈴木大喜