【ラグビー】ブレイブルーパス三上正貴、右肩に「ついて」くれた神様と優勝に喜ぶ。
左手で、右肩の周りに円を描いた。 「優勝するまで、『ここ』についてくれるかな、って」 東芝ブレイブルーパス東京所属の三上正貴が言った。身長は178センチで体重111キロ、太もも囲は推定78センチという頑丈なラグビーマンだ。 「ついてくれる」と話題にしたのは湯原祐希。今度の6月4日に36歳となった自身よりも4学年上で、旧トップリーグ時代には東芝のほか、日本代表でもともに戦った先輩だ。 ポジションは三上が左PRで湯原がHOである。スクラムの最前列で三上、湯原の順に並んで組み合っていた。 だから湯原が「ついてくれる」のは、左肩ではなく右肩だ。 湯原はタフな練習にへこたれず、グラウンドの外では明るく冗談を言い、スクラムへの造詣の深さで慕われていた。 現在プレーする若手にも好影響を与えた湯原はいま、この世にはいない。クラブハウスで突如、意識を失ったのは2020年9月29日のことだった。折しも、チームのアシスタントコーチを務めていた。 その時期、ブレイブルーパスは中位もしくは下位に甘んじることが多かった。 もっとも’09年度までは、旧トップリーグで5度の優勝を果たしている。だから、主将のリーチ マイケルと同じく’11年度入部の三上は、名門に入ったと自覚している。 「入ってから 、1 年たりとも『今年は優勝できないかな』と思ったことはない」 今季は、その願いを叶えられそうだった。 トッド・ブラックアダー体制は5季目に突入。前年度までに生来の強みだったフィジカリティの凄みを再構築したり、攻めのデザイン性を磨いたりと段階的に強化してきた。 底上げをして迎えた今回のシーズンに際しては、リッチー・モウンガ、シャノン・フリゼルといったニュージーランド代表経験者を入団させた。 昨年12月からのリーグワン1部では、開幕9連勝と勢いに乗り12チーム中2位でフィニッシュ。今年の5月26日には、プレーオフの決勝に臨んだ。 ファイナルの当日。会場の東京・国立競技場には、仲間が湯原の写真を持ち込んでいた。 「普段は持ってこないんですけど。(湯原が)『連れてってよー』みたいな感じだったのかと」 こう語る三上は、17番でリザーブに入っていた。 対する埼玉パナソニックワイルドナイツでは、堀江翔太、内田啓介という代表経験者がこの日限りでスパイクを脱ぐと決めていた。 三上は2人と代表で一緒だったこともあるが、「僕の中で、そこ(個人的な思いへ)は一線を引いた」と話す。 「優勝するために(ブレイブルーパスに)入ったのに、本当に結果が出なくて苦しい思いもしてきた。堀江さんとウッチーの引退試合で(ワイルドナイツが)優勝して…という感じには、絶対に、したくなかった」 心強い味方がいた。右肩に「ついてくれる」という神様と、その神様の思いを受け継ぐ後輩たちだ。 ブレイブルーパスの第1列の先発は木村星南、原田衛、小鍜治悠太。’21年以降に入った若手3人は前半、スクラムで優勢に立った。 すると一昨季まで2連覇中のワイルドナイツが、手を打ってきた。ハーフタイムに第1列を総入れ替え。ベンチにいたクレイグ・ミラー、堀江、ヴァルアサエリ愛といった、昨秋のワールドカップフランス大会の日本代表勢を揃って出してきた。 同じくフランス大会組でHOの坂手淳史主将らを下げるこの交代策は、通常なら後半5分以降になされていた。いつもより5分ないし10分、早いこのジャッジについて、三上は後述する。 「(ワイルドナイツが)ワールドカップにも出ている、スクラムに自信のあるであろうメンバーを後半の頭から出した。後々、考えたら、うちの先発がいい活躍をしたな…と思います」 三上が投じられたのは後半27分。ちょうど勝ち越されたタイミングも、続く34分には味方の連続攻撃で24-20と再逆転。ひりつく展開にプレッシャーを覚えた。公式で56486人の声援には、「鼓膜が破れるかと思った」という。 39分。ワイルドナイツが劇的なトライを決めたかに見えた。それは、三上曰く「(その場では)何が起きているかわからなかった」というビデオ判定で取り消された。フィニッシュに先んじて堀江が放ったパスは、前方に流れていた。スローフォワードの反則となった。 向こうが底力を発揮したのは、その直後のことだ。 ブレイブルーパスのスクラムへ、堀江らが一気に圧をかけた。ブレイブルーパスは押し込まれ、ペナルティを取られた。三上は反省した。 「相手は反則のリスクを冒してでもプレッシャーをかけてくる。そう予測していたんですけど…。組んですぐに(ボールを)出そうと思うあまり受けてしまったことで、ああいう(不満足な)スクラムになったのかなと」 それでも結局、逃げ切った。14季ぶりに日本一となった。 約2年前、チームのホームページ用に載せるインタビューで「優勝したらどんな景色が待っているか」といった風に聞かれた。何気なく出した答えは、「スタンドを眺めたら、お客さんがわーっと(喜んでいると)いう感じ…ですかね」だった。 いざ頂点に立ったら、その通りの光景を目の当たりにできた。 これからはディフェンディングチャンピオンとなる。 三上は「膝がもつ限り」と、まだまだフィールドに立つ。 「オフに(トレーニングを)やり過ぎて、プレシーズン(開幕直前期)にほとんど練習できなかった」という反省から、「今年は(適度に休息をとるよう)気を付ける」。来季はリーグ戦のゲームが2つ、増えるとあり、いままで以上に自分の身体と向き合うつもりだ。 その前にやることがある。ずっと右肩に「ついて」くれた湯原に、感謝を伝えたい。 「亡くなってから、まだ、お墓に行ってなくて。『優勝してから来いよ』みたいな感じだと、僕のなかでは思って――」 近いうちに、湯原の眠る千葉の某所へ車を走らせるだろう。 (文:向 風見也)