アルージ・アフタブが語る、グローバル・ミュージックの定型に縛られない「余白」の美しさ
ウルドゥー語による秘めやかな歌声の背景
―次は歌について。あなたのボーカルはすごく個性的なものですが、これまでどんな人を研究してきましたか? アフタブ:ビリー・ホリデイのスタイルはすごく研究した。一番影響を受けた人物のひとり。あとはアビー・リンカーン。マックス・ローチとのアルバムの影響は大きかった。最近の人だと、セシル・マクロリン・サルヴァンを聴いてる。彼女はすごくクール。マイルスやビル・エヴァンスのソロやメロディラインを声で真似たりもした。南アジアのスピリチュアル・ティーチャーでいうとベーガム・アクタル(Begum Akhtar)。私の声からは、こういった人たちの影響が聞いて取れるはず。 ―シンガーとして目指している歌唱、声はありますか? アフタブ:ブルーノートを多用した、クリーンな歌い方が好き。いわゆるアクロバットな歌い方は好きじゃない。私は良い選択をしたい。そうしていると願いたい。見せびらかすのは嫌いなので、シンプルに歌っているだけ。 ―声に関しても録音やミックス、エフェクト、ハーモニーなど、かなりこだわりがあると思うのですが、それに関してはどうですか? アフタブ:レコーディング中はスクラッチ・ボーカル(あとで差し替える前提で録るデモ・ボーカル)を歌うだけ。というのも、私はプロデュースもしながら、他の人たちの演奏も把握し、ある意味ではエンジニアでもある。頭は同時に7カ所くらいにいるイメージ。それで歌も歌うんだから……レコーディング中は自分が歌ってることなんて気にしてられない。それで(多くの楽器に関して)たくさんのテイクを重ねる。ボーカルも同じ。そのうち「ああ、死の使いがやってきた」というくらいになって……。本当ならもっとボーカルに関して意図を持ってやるべきなのかも。今は割といい加減。最終的に、すべてが終わってみると「オーケー、これでいいんじゃない?」って毎回言ってる。私ってそういうタイプ。他はともかく、ボーカルだけはなんとかなる、うまくいくって思っている。だからあまり気にしていなかったりする。 ―参考にした歌手とかプロデューサーはいますか? アフタブ:今回の新作に関しては、イモージェン・ヒープのことを少し考えてた。あと、ジェイムス・ブレイク、カニエやケンドリック・ラマーなんかが取り入れたエフェクトを使ったクールなボーカルのことも。私もこのアルバムではクールにしたかった。特に「Bolo Na」と「Raat Ki Rani」ではボーカルで色々なことをしてるのがわかると思う。あとはクロスビー・スティルス&ナッシュみたいなアメリカン・フォークも。ダブルで重ねたボーカル、90年代風のボーカルの影響もアルバム全編で感じられると思う。これまでは自分の声にハーモニーをつけることもなかった。ダブルで重ねることもなかった。オートチューンも使ってない。パンもリヴァーブも。でも今回はそれを全部やってる。それはすべて90年代ポップスから来てる。 ―あなたは多くの曲をウルドゥー語で歌いますよね。自分が生み出すメロディはウルドゥー語特有の発声や音韻、リズム感などと、どのような関わりがあると思いますか? アフタブ:ウルドゥー語は耳に優しい言語。ポルトガル語と似ていて、歌に適してる。歌の邪魔にならない。それにウルドゥー語はメタファーを多用し、直接的ではないという部分がとても好き。ジャスミンの花を「夜の女王」と呼んだり、遠回りに、少ない言葉で多くのことを語る。それは私の曲の特徴かもしれない。歌詞は言葉数が少ないし、長い物語が語られるわけではない。ソングライティングじゃないのよ。テイラー・スウィフトやカントリー・ミュージックのように、言葉を使って、最初から最後まで何かを語るものではない。ただ言葉を通じて、今何が起きているかを仄めかすだけ。また特定の言葉やフレーズが繰り返され、繰り返される度に意味が深まる。そこもとても気に入っている。言葉が散乱しているのは嫌い。スペースが好き。その意味で、少ない言葉で幅広い感情を伝えられるウルドゥー語は私の音楽にとって都合が良かった。 ―「Na Gul」「Saaqi」「Zameen」など、詩人の詩に音楽を付けて歌う曲が3曲収録されています。あなたの音楽における作曲と言葉の関係について聞かせてください。 アフタブ:すでに書かれている詩がすべて詩的だとは限らない。必ずしも歌える歌にはならない。古い詩の場合は儀礼的だったりもする。日本語でもそういうのはある? ―ありますね。 アフタブ:そうでしょ。最初、私にはこれらの詩は訳のわからない言葉でしかなくて、「何これ?」という感じだった。それを少し変えたり、もしくはワンフレーズだけを抜き出した。全部を使わなきゃならないとは思わなかった。それって従来のやり方ではなかったみたい。でも、私には古いものに関して、ルールはなかった。よりシンプルに、歌いやすいものにするためなら、変えてもいいと思った。みんな、そういうことってするものでしょ。それに彼ら(詩人たち)は昔の人たち。もう生きてないから文句を言われることもないしね(笑)。