〈能登地震から7ヶ月〉「痛い」「助けて」「水飲みたい」隣接するビルが倒壊して妻子を失った父親の脳裏に今も浮かぶ光景…「なんで倒れたんだよ、倒れないように打たれたはずの杭が折れるって…」
「『ビルが昔の造りだから』という理由だけで、済ますつもりはない」
地元消防団に救出されたときには、長女は低体温症で亡くなっていた。その後、大阪消防隊が駆けつけ妻を救出したが、すでに圧迫死していたという。 「娘はまだ生きていたんだよ。低体温症っていうけど、『消防団が温めておけば』『もう少し早く助けてくれれば』ってどうしても思ってしまう。一生懸命やってくれたのはわかっているんだけど。 五島屋ビルにしたって、なんで倒れたんだよって思ってしまう。倒れないように打たれたはずの杭が折れるって……何のための杭ってことになるじゃないか」 災害による被害が甚大な場合、市町村が建物の解体・撤去を所有者に代わって行う「公費解体」という制度があるが、これが本格的に始まったのは6月から。五島屋ビルの所有者・五嶋躍治氏は公費解体の申請を出しているが、実施についての目処は立っていない。 杭基礎(くいきそ)で支えられていた建物が地震で倒壊するのは、国内で初めての事例の可能性もある。国土交通省は、倒壊に至った経緯を現在調査中だ。 楠さんが、現状について次のように語る。 「国は俺のために調べるんじゃなくて、今後のために調べる。だから、俺は俺で調べなきゃいけないと思って、構造建築士に依頼して調査している。一方で、輪島市は倒れたビルの道路にせりだしている部分をすぐ解体したいということだった。輪島市はとにかく道路を繋げたいという思いなんだけど、俺は『2人も亡くなっているんだから待ってくれ』って言っていた。 誰も犠牲が出てなければいいけど、犠牲が出ている以上、何が原因だったのかすべてを知りたいだけなんだ。目をつむると、すぐにあのときの光景が浮かんでくる。夜眠るときだって、目を閉じられない。だから、寝落ちするまで携帯や天井を見ているんだ。俺は生かされてしまった。だから、原因を知る責任だってある。『ビルが昔の造りだから』という理由だけで、俺は済ますつもりはない」
携帯電話に残された、2023年12月31日の写真
公費解体の申請が出ている以上、輪島市が解体しようと思えば、いつでも五島屋ビルを解体できるという。だが、国土交通省が原因究明に乗り出したため、解体を待つよう輪島市に要請を出している。 国土交通省による調査は現状、有識者が調査する方法を模索している段階で、今秋には何らかの方針が決定する予定だ。まだ調査にはしばらく時間がかかりそうだが、楠さんはそれについてどう思っているのか。 「原因がわかったとしても、すべてが片付くということではない。でも、あのビルが解体されて更地になったときに、ひとつ区切りはつくのかなとは思っている。ふだん、だらしなくても、いざというときに家族を助けるのが親父って思っていたから。俺にはそれができなかった。その負い目は、ずっと残るんだろうけど。 ただ、1日でも早く解体してほしいかって聞かれると、どうだろうな。こっち(川崎市)に来て、『地震はもう終わった』と思っている人をたくさん見てきた。でも、輪島市の人みんながパッと地元から出ていけるわけじゃないし、輪島市の状況は伝えていかなきゃいけないって思っている。 俺が今できることといえば、魚もそうだけど、お店で使う伝票もビニール袋も、パックだって輪島市から取り寄せている。朝市がなくなって、飲食店もあれだけなくなって、きっと困っているはず。そういう部分を考えると、事態を風化させないために、あのビルをそのままにしておいてもいいんじゃないかって思いもある。もちろん、現実的にそれは無理だってわかっているけど。 悲しみが癒えることはないのかもしれないけど、とにかく何かをやらなきゃ始まらない。そんな思いで生きている」 倒壊した家屋から出てきた古い携帯電話には、2023年12月31日にみんなで「NHK紅白歌合戦」を見ていたときに撮影した家族写真が収められている。 楠さんは、今はまだその携帯電話には触れずにいるという。 取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班 写真/幸多潤平
集英社オンライン編集部ニュース班