職場における「感謝」の力とは? ~多様な人たちがスムーズに協働し、成果を出すひけつ~
近年、ダイバーシティマネジメントを推進する企業が増えていますが、多様な価値観を持つ人たちが連携する難しさや、互いへの配慮疲れなど、思うようにインクルージョンが進まないことに悩む人事やマネジャーは少なくありません。 多様な人材が協働して成果を出していくためには、どうすればいいのでしょうか。社会心理学者で、職場のダイバーシティマネジメントや職場における感謝のコミュニケーション機能について研究する、東京女子大学の正木郁太郎さんに話をうかがいました。
気軽に取り入れられるダイバーシティ施策を見つけたい
――正木先生のご研究内容について教えてください。 専門領域は「社会心理学」です。中でも組織行動や人材育成を主に研究してきました。博士課程の研究で最初に取り組んだのがダイバーシティ&インクルージョンだったこともあり、職場のダイバーシティマネジメントや、オフィス環境が心理や行動に与える影響など「組織×人」「組織×心理」の分野を中心に携わってきました。 ――正木先生は、日本企業はダイバーシティマネジメントに取り組むべきだと思われますか。 ダイバーシティがすべての企業においてプラスに働くとはいえませんが、ダイバーシティマネジメントに「取り組まざるを得ない」というのが最もしっくりくる表現だと考えています。 労働人口が無限に増えて、自社に100%フィットする人材ばかりを集められるのであれば、ダイバーシティマネジメントを取り入れなくても良いかもしれませんが、現実はそうではありませんよね。労働人口が減っていくのは明らかで、多様な人材を活用せざるを得ません。 また、世代によって考え方は違ってきますが、これも一つのダイバーシティです。仕事に没頭して会社に一生をささげる人が少なくなっているように、働く人々の価値観は変わっていきます。異なる価値観を持つ者同士がどのように連携していくのかという視点は非常に大切です。多様な人材が自身の能力を存分に発揮できる組織のほうが、より伸びていくでしょう。だからこそ、ダイバーシティに対応した組織をつくらなければならないと考える企業が増えているのだと思います。 ――現在の日本企業におけるダイバーシティの状況には、どのような課題があるとお考えですか。 日本企業の多くが、もともとダイバーシティにあまり向かない仕事の進め方をしていました。 「ダイバーシティ」と「暗黙知」というのは相性が非常に悪い。なぜなら、相互依存性の高い、つまり“あうん”の呼吸で、密にコミュニケーションをとりながら仕事を進めていく、あるいは進めなければいけない チームに暗黙知を知らない人が加わると、緻密な連携をとれなくなってしまうことがあるからです。 反対に、仕事がある程度切り分けられていて、役割分担が明確な仕事やチームはダイバーシティマネジメントを推進しやすいといわれます。それぞれの役割を果たせばいいからです。いわゆるジョブ型雇用は自分に与えられたミッションが明確なので、ダイバーシティマネジメントを取り入れやすいといえます。 一方で、企業だけではなく、私たちのようにダイバーシティマネジメントの研究やコンサルティングをしてきた側にも課題があると考えています。 ダイバーシティマネジメントが重要なことは分かった。では、企業や組織はどうすればいいのかという議論を、あいまいな状態のままで進めてきたのではないでしょうか。私自身も調査結果から「こういう組織風土がいい」「こういうチームのつくり方がいい」と提示してきました。しかし、それらが本質的で大事なことでも、気軽にできるものは少なかったという反省があります。いきなり、「こういう組織風土に変えてください」といわれても、すぐに現場で取り組めることは少ないからです。 本質的な改善案を伝えた上で、誰もが気軽にできること、すぐに取り入れられることをあわせて提案する必要があったと考えています。職場における「感謝」のコミュニケーションについて研究し始めた背景には、そういった課題がありました。 ――気軽に取り入れられる策が少ないと思われたのは、ダイバーシティマネジメントに苦戦している企業を見てきたからでしょうか。 そうですね。うまくいかずに“ダイバーシティ疲れ”に陥っている話はよく聞きます。一方で、スムーズにダイバーシティマネジメントが進んでいる企業の話も見聞きしていて、そのギャップは何だろうと考えていました。 ダイバーシティ&インクルージョンと聞くと、非常に難しいことを要求されているように思えるのですが、結局は、みんなが過ごしやすく、きちんとパフォーマンスを発揮できる環境をつくろう、という話なのです。 そのためには、すべての課題を解決できなくても漢方薬のようにじわりじわりとプラスの効果があることを地道にやっていくことが重要だと考えています。