小泉今日子×松尾潔「おれの歌を止めるな」付き合うべき人がくっきり見えてきた
---------- ジャニーズ問題への提言によって、所属事務所との契約を解除された松尾潔氏。さらに、「義理人情を欠いている」という批判の声にもさらされた。時代への率直な発言によって類似する経験を持つ小泉氏と、自分を曲げずに本当の仲間とつながる生き方を語る。(前篇からつづく中篇記事) ---------- 【マンガ】5200万円を相続した家族が青ざめた…税務署からの突然の“お知らせ” 司会・和田靜香 構成・矢内裕子
スマイルカンパニーとの契約解除
──松尾さんはジャニーズ問題について発言したことで、山下達郎さんに誘われて在籍してきたスマイルカンパニーとのマネージメント契約が解除されました。松尾さんほどのキャリアがある人が、自分の考えを述べただけで「不義理」だと騒がれることに私は驚きました。 小泉 本当だよね。 松尾 僕はこの半年で一生分 いや、人生5回分くらいの「義理人情」という言葉を聞いたんじゃないかな。しかも「義理人情を欠いている」というフレーズで(笑)。 小泉 私も「TVのバラエティ番組がつまらない」と言ったら、いろいろ書かれましたよ。「あんなにバラエティのお世話になったのに、義理を感じないのか」って。「歌が下手で、バラエティがなかったら売れなかったくせに」とも書かれたし。 でも松尾さんも私も、好きだからこそ言ってるんですよ。私はTVが大好きで、観てきて、恩恵を受けて育ってきたからこそ、いまの状況が悲しい――ということを言いたいわけ。 松尾 わかります。僕だって日本屈指の山下達郎マニアだったわけですから。 小泉 好きだったからこそ、いまの状態がショックだということはあるんですよね。ある人たちにとっての「義理人情」は欠いてしまったのかもしれないけれど。 松尾 達郎さんが残してきた音楽はすばらしいものです。僕も逆にそこは譲れない(笑)。小泉さんもバラエティ愛が強いからこそ、物申したくなるんだと思います。
後に続く発言者がいなかった
──『おれの歌を止めるな』のなかには、山下達郎さんの音楽について書かれた文章が入っています。 松尾 はい、称賛すべきところは称賛しています。ただ、いくら恩があるからといって、ジャニー喜多川の性犯罪を免責するような姿勢には疑問を抱かざるを得ない。自分としては普通に思ったことを発言しただけなので、まさか週刊誌記者に突撃されるようになるとは思いもよりませんでした。僕は小泉さんのような表に立つ人をバックアップする仕事をしてきたので「え? こっち?」と(笑)。 小泉 びっくりしますよね。家から出て歩いていると、急に後ろから声をかけてきたりするから驚くし、怖いし、頭にも来る。 松尾 自分が記者に取材されるようになって気づいたのは、いままでプロデュースをしてきた人たちに対して、想像力が足りない接しかたをしてきたのかも、ということです。いま小泉さんは驚きと恐怖と怒りについて語っていたけれど、表に立つ人はこんな孤独にさらされているのかと。綺麗事を言うわけではないけれど、自分の経験がこれから誰かをプロデュースする時の役に立ったらいいなと思います。 ──松尾さんがジャニーズ問題について発言を始めたとき、かつて音楽ライターだった私も第三者的な立場で見ていて、松尾さんに続く人がわっと出てくるかな、と思ったんですよ。でも実際には全然出てこなかった。 松尾 それは僕も当てがはずれちゃった。声を上げてくれた数少ない例が、近田さんや小泉さんのように表に立つ人だったりして。びっくりですよ。 ──もっと松尾さんに近い立場の人が発言しませんね。 松尾 僕に人望がなかったのか(笑)。あるいは、炎上している僕を見て、近くにいる同業の人は恐怖を感じたのかもしれません。 小泉 同じように問題だと思っていても、「ここで関わるのはちょっと怖いな」という感じだったんだろうな。人望はあると思うよ。 松尾 いまからでも声を上げたら、小泉さんや和田さんとこんな楽しいイベントができますよ(笑)。 「松尾さん、仕事干されたんじゃないですか」と言われることが結構あるんです。終わった仕事もあるけれど、それはたまたまかもしれないし、正直、よくわからない。ただ、自分ではいい仕分けができたと思っています。 小泉 組織のなかから抜けると、意地悪とか干すとかじゃなくて、人がいなくなることはあると思う。私がそれまでいたところを辞めたときも、あったもん。「あそこをやめた人と仲良くしていいんだっけ」みたいな。反面、私という人間と付き合ってくれる人がくっきり、はっきり見えてくるようになった感じ。それでよかったし、全然、困ったりしなかったです。 松尾 これからの人生を考えると、付き合っていくべき人がわかった感じがします。 小泉 付き合うべきじゃない人がいなくなっても、全然、困らないしね。 松尾 そう、困ってないんですよ。自分で言うのもなんですが、いまの僕、イキイキしていませんか(笑)。よく「松尾さん、黙っていたら安泰だったでしょう」と言われるんですが、そうとも思わないんです。言いたいことも言わずに同じ場所に居続けることを安泰と呼ぶなら、それは僕が欲しているものではない。いくら360度の広い窓があっても、そこにモヤモヤと膜がかかっているなら、そんな窓はいらない――って感じでしょうか。そもそも360度の付き合いって必要なのかな、と思いますし。 ──松尾さんは表現がステキですよね。 小泉 上手! いまみんな窓を見上げたもん。 松尾 作詞家の言葉にダマされないでください(笑)。 (2024年3月15日、東京・下北沢「本屋B&B」にて収録) こいずみ・きょうこ 歌手。俳優。1982年「私の16才」で芸能界デビュー。以降、テレビ、映画、舞台などで活躍。2015年から代表を務める「株式会社明後日」では舞台制作も手がける。また文筆家としても、著書に『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング、第33回講談社エッセイ賞)『小泉今日子書評集』(中央公論新社)など多数ある。 わだ・しずか 音楽・相撲ライター。音楽評論家の湯川れい子氏のアシスタントを経てフリーに。政治・社会ジャンルでの作品も話題を呼んでいる。著書に『スー女のみかた~相撲ってなんて面白い! 』(シンコ―ミュー ジック)、『音楽に恋をして♪ 評伝・湯川れい子』(朝日新聞出版)、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(左右社)など多数。 やない・ゆうこ ライター。編集者。出版社で書籍編集、文庫の立ち上げに携わり、独立。作家、アーティストへのインタビュー記事のほか、古典芸能、文化、美術、工芸をテーマに執筆する。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)などがある。 Instagram:yanaiyuko twitter:@yanaiyuko---------- 小泉今日子×松尾潔対論の後篇《声の上げかた、怒りかた》につづく ----------
小泉 今日子(女優)/松尾 潔(音楽プロデューサー)