“ゲーム機なし”異例の新Xboxパッケージは成功するのか 想定ターゲットから浮かび上がるふたつの課題
アメリカで発売されたマイクロソフトの新しいXboxパッケージが話題を呼んでいる。 【写真】従来のXbox“ゲーム機あり”パッケージ 「ゲーム機なしのパッケージ」という前衛的な商品は、市場に受け入れられるだろうか。本稿では、同バンドルが直面する課題から、マイクロソフトの今後の戦略とその成功分岐点を考えていく。 ■前代未聞の「ゲーム機なしパッケージ」発売の背景とは 今回発売となったのは、XboxコントローラーにAmazonのFire TV Stick 4KとGame Pass Ultimateの1か月無料利用券が付属した、これまでにないパッケージだ。従来のセットとは異なり、Xbox本体は同梱されておらず、購入者はFire TV Stick 4Kを介し、クラウドゲーミングという形でゲームをプレイすることになる。 同バンドルの発売に先立ち、マイクロソフトは2024年7月よりアメリカを含む世界25か国以上で、Game Passのサービスを2023年モデル(第2世代)のFire TV Stick 4K MaxとFire TV Stick 4Kに対応させている。本来であれば、Bluetooth接続が可能な無線コントローラーの購入や、Xbox Game Pass Ultimateメンバーシップへの加入など、ユーザーが自力で環境を準備する必要があったが、今回のパッケージが登場したことで、より手軽に新たな機能が打ち出す体験を享受できることとなった。 価格は78.99ドル(※)。一連の動きを見るかぎり、今後は上記対応の対象となる全世界の国々で、同様、もしくは類似の商品が展開されていくのだろう。本体を購入するケースに比べると、ずいぶんと安価にXboxプラットフォームでゲームプレイを楽しめるようになった形だ。 ※1…2024年7月21日時点の為替レートで約1万2,500円。日本国内では未発売。 ■クラウドゲーミング専用パッケージの発売に横たわるふたつの課題 Fire TV Stick 4Kへの対応とタイミングをほぼおなじくして発売された今回のクラウドゲーミング専用パッケージ。おそらくマイクロソフトがターゲットに絞っているのは、「Xbox本体を購入するほどではないが、同プラットフォームでのゲームプレイには関心がある層」「Xboxを所有してはいるものの、出張や旅行、複数拠点での生活といった事情で自宅を空けるケースが多く、出先でもゲームをプレイできる環境を求めている層」などであると考えられる。強いて分類するのであれば、前者をカジュアル層、後者をコア層と言い換えることもできるだろう。 その視点から新パッケージの発売を掘り下げていくと、越えなくてはならないハードルの存在が浮かび上がってくる。ひとつは、Fire TV Stick 4Kを用いたクラウドゲーミングの環境を自力で整えた場合と比較すると、このバンドルはやや割高であり、かつその後のランニングコストを考えると、カジュアル層にとっては決して小さくない出費が待ち構えている点だ。 関連する商品/サービスを単体で揃えていくと、Xboxコントローラーが44.99ドル、Xbox Game Pass Ultimateが月額19.99ドル、Fire TV Stick 4Kが24ドルで、その合計は約89ドルとなる(※2)。一見すると、今回発売されたパッケージ(78.99ドル)のほうが安くつくように見えるが、Xbox Game Pass Ultimateは最初の1か月を1ドルで利用できるため、実質の負担は約69ドルとなり、そこに10ドルほどの価格差が生まれている。マイクロソフト公式オンラインストアの表記によると、コントローラーの44.99ドルという価格は、「定価である59.99ドルから25%オフされたもの」であるようだが、44.99ドルが日本円にして7,000円強と実売価格相当であることを考えると、このディスカウントは一時的な対応でないと推測できる。価格全体の15%弱に及ぶこの価格差が、消費者の敬遠材料となっていく可能性がある。初期投資を抑えたいカジュアル層、仕組みに精通するであろうコア層がターゲットであるならばなおさらだ。 また、付属するXbox Game Pass Ultimate利用券は1か月分であるため、その後もサービスを使い続けるためには、月額で費用を払っていかなければならない。Game Passにはそれぞれ内容や対象とするプラットフォームが異なる複数のプランが存在するが、クラウドゲーミングを利用するには、最上位のXbox Game Pass Ultimate(月額19.99ドル)への加入が必須である。仮にこの費用を1年間払い続けたとすると、初期投資である78.99ドルを含めた合計は320ドルに及ぶ。これは現行のXbox本体のラインアップのなかで最も安価なモデル・Xbox Series Sの価格(299ドル)を上回る数字だ。 無論、ここにソフトの費用は含まれていないため、一概に比較することはできない。しかし、それほど差のない価格となるならば、本体を購入してしまおうと考える層が出てくることも容易に想像できるだろう。本体を用意すれば、Game Passに対応しないタイトルもソフトを単体で購入し遊ぶことが可能だ。 ※2…それぞれの価格は、マイクロソフト、Amazonの公式ストアを参照したもの。Fire TV Stick 4Kはプライムデーセールの開催にともなってディスカウントされた実質的な最安値。 ふたつ目は、クラウドゲーミングに横たわる問題を考慮しなければならない点である。「端末の性能に依存することなく、最小限のシステムでどこでも手軽に最先端のゲーム体験を享受できる」という触れ込みで売り出されている同サービスだが、実際はネット回線の速度がボトルネックとなる場合も多く、特にアクションやシューティングなど、瞬間的な操作が必要となるジャンルでは、フレームレベルでの遅延の発生によって快適なプレイが難しくなるケースも珍しくない。こうした理由からクラウドゲーミングは大きなポテンシャルを持つ反面で、広く浸透するには至っていない現状がある。このハードルをクリアできなければ、同サービスのもたらす体験が現在以上に良くなることはまず難しい。 当然、今回発売されたXboxの新パッケージにも、同様の課題が横たわっていることになる。ゲーム機本体を持っていないカジュアル層であれば、そうした問題もそれほど気にならないのかもしれないが、日常的にXboxに触れているコア層にとっては、ストレスがないとは言えない体験となるのではないか。価格だけでなく、仕様の面でも、同バンドルは向かい風にさらされている状況がある。 ■ゲーム機なしパッケージの発売は、ハード販売から脱却する戦略の一端か Xboxプラットフォームをめぐっては、ハードの販売を中心に据えた戦略からの転換も噂されている。Game Passについては、2年連続となる値上げのニュースも話題を集めた。おそらく今後、マイクロソフトのゲーム事業は、同サービスを中心に展開されていくのだろう。Fire TV Stick 4Kへの対応、本体の付属しない新パッケージの発売は、そうした方向性を象徴する動きであるとも感じられる。 一方、Game Passのタイトルラインアップに関しては、小さくない逆風も吹き始めている。2023年9月、人気のインディー作品を発売するパブリッシャーから「今後、サブスクリプションサービスとは距離を取っていく」という旨の発言が生まれた過去がある。識者によると、「プラットフォーマーがメーカーに支払う金額は、かつてほど多くはない」のだという。Game Passの値上げは、メーカーにより多くの対価を支払うためにとられた対抗策のひとつであるという見立てもできるのではないか。 その反面で、同サービスがこれまでと同様に支持を集め続けていくためには、多くの魅力的なタイトルをラインアップしていかなければならない実情もある。AAAタイトルのDay1リリースは、ユーザーに求められる施策の一例だ。しかしながら、こうしたケースでは、契約にあたり、私たちの想像の遠く及ばない金額がやりとりされている可能性が高い。売上とコストのバランスをどのようにとっていくか。この点がサービス存続のカギとなっていくのは間違いないと言える。 なお、値上げとあわせて提供の開始が予告されている新プラン「Xbox Game Pass Standard」(月額14.99ドル)では、Day1リリースのタイトルがプレイの対象外になるという。同プランに対する市場の反応も、今後の道筋を予測するためのひとつの材料となっていくはずだ。 ゲーム機なしの新パッケージの発売に代表される、同社のさまざまな施策は功を奏するか。今後の動向に注目していきたい。
結木千尋
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