映画「658km、陽子の旅」― 菊地凛子、入魂の演技が光るロードムービー!
第25回上海国際映画祭で最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞を受賞した、熊切和嘉監督と主演の菊地凛子による20年ぶりのコンビ作「658km、陽子の旅」のDVDとBlu-rayが、1月12日に発売される。 本作は『TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM2019』の脚本部門で審査員特別賞を受賞した室井孝介の脚本をベースにしたロードムービー。主人公の陽子(菊地凛子)は東京に住む42歳の独身女性で、就職氷河期世代の在宅フリーターだ。孤独な生活を送る彼女は、20年以上断絶していた父親が突然亡くなったと従兄の茂(竹原ピストル)から知らせを受け、彼の家族と一緒に故郷の青森県弘前市を目指す。だが道中のサービスエリアでトラブルが発生し、陽子は茂一家に置き去りにされてしまう。所持金もわずかな彼女は、やむを得ずヒッチハイクで単身、青森へと向かうことにするが…。
孤独な女性の、東京から青森を目指す旅
陽子は夢を抱いて上京してきたが思うようにならず、今では人生を諦めて、自堕落な生活を送っている。そんな他人と話すこともほとんどない彼女が、ヒッチハイクをしなくてはいけない状況に追い込まれる。陽子が道中で出会うのは、日頃のうっ憤を彼女に話して晴らすシングルマザーの久美子(黒沢あすか)や、トイレしかない無人のサービスエリアで出会ったヒッチハイクをして旅をする少女・リサ(見上愛)、陽子の体を目当てに車に乗せたフリーライターの修(浜野謙太)、親切な老夫婦(風吹ジュン、吉澤健)、東日本大震災の被災地でボランティア活動をしている便利屋の麻衣子(仁村紗和)など、それぞれ個性的な人々。コミュニケーションを取るのが苦手だった陽子が、少しずつ自分のことを話せるようになっていく過程が、旅と共に綴られる。
陽子の旅に寄り添う、父親の幻影
もう一人、重要な登場人物が旅のいたるところで現れる、若き日の陽子の父親(オダギリジョー)。時には彼女を包み込むように、あるときには陽子の歩んできた人生を非難するように、無言で現れる父親の幻影が、陽子の心に痛みと悔恨を突き付ける。彼女の中には、自分の夢に反対した事で疎遠になった父親が、親子の仲を修復することなく突然亡くなったことで、取り返しのつかない心の傷が残っている。そんな彼女の様々な感情を呼び覚ます、オダギリジョーの無言の演技も味わい深い。 いろんな想いを内包しながら、言葉ではなく強い目力やちょっとした表情、時折あふれ出る少女のような喜怒哀楽の表現で、陽子になりきった菊地凛子の演技が見事。特にフリーライターの修に騙された彼女が、冬の海岸で幻影の父親に投げ飛ばされて泣きじゃくるシーンは印象的。『お前は、いったい何をしているんだ』と言いたげな父親の厳しさを、素直に受け止めきれないアラフォーの女性の、心の淋しさを全身全霊で演じている。この映画を観たスペインのイザベル・コイシェ監督は『孤独と敗北を描いた、力強い映画』と評したそうだが、このヒロインは菊地凛子が演じたことで人生の敗北者がその場にとどまって負けを認めるのではなく、マイナスのポイントから人生を再び取り戻していく、強いエネルギーに溢れた作品になった。