「I Love Russia」~毒殺されかけた彼女が今、伝えたいこと【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
プーチン政権の言論統制のもと、命をかけて報道を続けるロシア人ジャーナリストたちがいる。毒殺されかけたというロシア独立系メディアの記者は「それでも私はロシアを愛している」と語る。凄惨(せいさん)な体験を経て、彼女が今、思う「祖国への愛」とは――。 (NNNロンドン支局 鈴木あづさ)
■「“殺せ”との命令が下りている」
ドイツ、ベルリンに住むエレーナ・コスチュチェンコさん(36歳)。ロシアの独立系メディア「メドゥーザ」で記者として働いている。ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った当時、エレーナさんは別の独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ」で働いていた。 「私がウクライナに入ったのは、ロシアの全面侵攻の初日でした。2022年2月24日ですね」 エレーナさんはウクライナ南部オデーサやミコライウ州などの前線を取材し、ロシア占領下のへルソンに入った。 「へルソンで、ロシア兵がウクライナ人…それも普通の市民を誘拐し、拷問し、情報を聞き出していることを知ったんです。そこで私は、誘拐されたウクライナ人42人分の名前を見つけて、ある秘密刑務所の住所も突き止めることができたので、ヘルソンを出てこの情報を公開しました」 その後、マリウポリに入ろうとした時、警告を受けたという。 「同僚が『マリウポリに向かう道にある検問所のロシア兵たちはあなたの名前も顔も知っていて、あなたを"拘束するのではなく、殺せ”との命令が下りている』と言いました」 それから1時間後、「ノーバヤ・ガゼータ」の編集長でノーベル平和賞を受賞したドミトリー・ムラトフ氏から電話がかかってきたという。 「編集長が私に電話をかけてきて、『もう戻ってはいけない。さもなければロシアで殺される』と言ったのです」 エレーナさんはロシアへの帰国を断念。ドイツ・ベルリンに拠点を構える別のロシア独立系メディア「メドゥーザ」で働き始めた。
■「あなた、すごく変なにおいがする」
ウクライナ取材のためのビザを申請しにミュンヘンの領事館に出向いた帰り道、エレーナさんは友人におかしなことを指摘される。 「彼女は『あなた、すごく変なにおいがする』と言ったんです。それで自分のにおいを嗅いでみたら、本当に奇妙なにおいだったんです。腐った果物みたいでした」 「何も考えず外に出て、体を少し拭きました。それから電車の座席に座って原稿を読んでいたんですが、同じ段落を何度も何度も読み返していることに気づいたんです…。さらに頭痛がしてきました。痛みはだんだんひどくなってきて、『何か視界がおかしい』って…視野が狭まっていたんです」 駅で電車を降りると、エレーナさんは耐えがたいほど気分が悪くなり、家への帰り方がわからなくなったという。地下鉄に乗り換えるべきであることはわかっていたが、地下鉄への通路もわからなくなり、ようやく見つけた地下鉄のホームで、エレーナさんは激しく泣いてしまった。どちら側の地下鉄に乗るべきか分からなくなったのだという。 周囲の乗客に助けられ、ようやく最寄り駅に降り立ったものの、駅から家まで、わずか5分の道のりが永遠にも思われた。かばんを何度も地面に落としながら歩いたという。 ようやく家にたどり着くと、一緒に暮らす恋人のヤーナさんが抱きとめて介抱してくれた。エレーナさんは腹部の痛みとめまい、激しい吐き気に襲われる。尿には血が混じっていて、肌に触れるだけでも痛みが走り、数日間は眠ることもままならなかったという。