「鉄の処女」伝説の真偽を明かす衝撃のクライマックス! それでも人は伝説を愛す!
検証「鉄の処女」伝説
結局、シルト教授は「鉄の処女」伝説が根拠のない虚構であると結論づけている。この結末は、好事家にとってそっけない期待はずれのものといえよう。筆者もドイツでこのテーマの資料を収集してみたが、「鉄の処女」については伝説が数多く紹介されているけれども、教授の見解を覆す歴史的資料を入手することはできなかった。 よく考えてみれば、伝説の「鉄の処女」としての「処刑装置」は、人びとの関心を惹くものであるが、技術的にそのような手の込んだ方法が実際に必要であったとは思えない。まず当時の処刑は裁判をへて、公開で行われるものであったから、地下室で秘密裏に処刑し、死体を水路に流したというのは、ミステリーじみており、専制君主の恣意的な強権をもってしても考えにくいことだった。 スペインの異端審問の際に、聖母マリアをイメージした拷問具や処刑具を使用したという説は、常に伝聞であり、証拠がまったく挙げられていない。また想像図以外に現物が残っているわけではない。出所は19世紀初頭のナポレオン軍によるスペイン占領時であったが、この時代にはスペインの異端審問はもうほとんど実施されていなかった。またスペインの異端審問のなかで、これについて論及している記録は、筆者の知る範囲内では認められない。 たしかに、地下の拷問室がヨーロッパ各地に存在したのは事実である。実物も残っているし、そこにたとえ「聖母マリア像」が安置されていたとしても、罪を告白させるためであれば、それじたい不自然なことではない。 しかしカトリックが「聖母マリア」をイメージした拷問具を作製することはありえない。というのもスペインの異端審問の目的は、処刑することにあったのではなく、異端にまどわされている被告をキリスト教側に復帰させることにあったからだ。スペインでは異端から回心し、懺悔をすればほとんど命は助けられている。マリア信仰の厚いカトリックが、パロディとはいえ聖母像を残酷な拷問具に用いることは、キリスト教の聖母を冒瀆することにほかならないことであった。 その意味において、カトリックほど聖母マリアに特別な感情をもっていなかったドイツのプロテスタント地域では、むしろ「鉄の処女」の使用例は、被告を威嚇するためだけに限定するならば、可能性がなかったとはいえない。というのもゲルマン神話には、ヴァルキューレという救済と罰をあたえる女神がいたからである。しかし「鉄の処女」伝説の震源地のニュルンベルクはカトリック地域であったので、この点においても矛盾がある。