戦前よりも弱体化した日本の中国研究への危機感 いま「中国共産党」という歴史上でも特異な存在をどう分析すればよいのか【橋爪大三郎氏×峯村健司氏】
巨大な隣国・中国。その歴史や文化、社会に精通する社会学者の橋爪大三郎氏と、元朝日新聞北京特派員のジャーナリストでキヤノングローバル戦略研究所上席研究員の峯村健司氏は、日本の「中国研究」のレベルが著しく低下していることに危機感を募らせる。いま、日本がすべきことは何か(共著『あぶない中国共産党』より一部抜粋、再構成)。【第2回。文中一部敬称略】 【写真】習近平氏は前列で笑顔。石破茂首相は後列 G20サミット2日目の集合写真の撮影に応じる各国首脳
戦前日本の中国研究はレベルが高かった
峯村:京都帝国大教授で東洋史学の大家であった内藤湖南、自由党総裁となった緒方竹虎の中国分析は実に的確で、対中インテリジェンスで言えば、世界一流でした。漢字を使うという優位性を最大限に活用し、中国の政治だけではなく文化、経済の状況を的確に分析していました。日本人は「インテリジェンスに弱い」と言われますが、少なくとも戦前は世界に冠たる情報収集能力があったのです。 橋爪:戦前の中国研究はたしかにレヴェルが高かった。理由はいくつかあるでしょう。 第一に、当時はまだまだ日本人の漢文の学力が高かった。当時の中学校では、儒学の古典を原文で読む授業が、国語と別に行なわれていた。まあ、江戸時代に比べるとだいぶ学力が落ちたかもしれませんが、それでもまだ高かった。 第二に、中国からの留学生が日本に大勢来ていて、学校で机を並べ、世界の将来をいっしょに考えていた。友人、同志として、中国や日本のこれから進む道を模索していたんです。不幸な戦争があったとしても、根底には、世界のなかで自分たちの未来をどう切り拓いていくかという、同胞としての共感があった。 第三に、それと関連して、戦後は、外交や日本の基本政策が、アメリカとの関係で決まるように型にはめられてしまった。大事な情報もアメリカが握っていて、日本は教えてもらうだけというお任せインテリジェンスになってしまった。戦前は、そんなことはなかった。よくも悪くも、日本の知識人が国の方針について自分の考えを発信し、提案し、国民が選択していくというふつうの国のスタイルがまだあった。外国に言われなくても、中国や、アメリカ、ヨーロッパのことを自前で研究し、判断しなければならないという常識と気概がありました。 この3つがなくなって、中国研究が弱体化したのだと思うんです。 峯村:完全に同意します。戦前はふつうにあった、こうした日本の優れたインテリジェンスは、戦後に日本を占領したアメリカによって骨抜きにされました。それでも、インテリジェンスを含めた安全保障を同盟国であるアメリカに頼って、日本はこれまで何とかしのいできました。 しかし、中国をはじめ新興国が発展するにつれ、アメリカの国力は相対的に低下し、その覇権が揺るぎ始めている。一方的にアメリカに頼るだけの関係から、日本も対等な同盟国になる必要が出てきました。その最初のステップとして、対中インテリジェンスの強化が日本にとって不可欠だと考えます。軍事面で日本はアメリカを頼りにするけれど、中国のインテリジェンスについてはアメリカに提供する、という関係を目指すべきだと思います。そのためには、日本にしっかりとした対外情報機関を新設すべきです。
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