トヨタの役員選任案は正しいか? 豊田章男氏の後継について社外取締役が考えるべきこと《6月18日株主総会》
豊田氏の意向が感じられるから…
その言やよし。しかし、具体的中身は他社とほとんど変わらない。強いていえば、「多額報酬専門家」についての基準が少し高額であると言える程度であろう。 具体的な変化は唯一であるといっていい。これまで社外監査役であった弁護士がその所属事務所である長島・大野・常松法律事務所が新しい基準の一つである「多額報酬専門家」に該当することとなったためか、退任し、その替わりに元中日新聞社編集委員兼国際総合面デスク長田弘己氏が就任予定となったことくらいである。 この長田宏巳氏は女性社外監査役であり、それ自体は評価すべきことのように見える。 ところが、メディア業界の状況に詳しい方によれば、この方は以前からトヨタ寄りの報道で業界では知られていた方であるという。 メディア出身の監査役は珍しいといっていいだろう。それ自体はあるいは新しい試みであるとして評価すべきことといえるのかもしれない。 では、その新しい体制はどのように決定されたのかを見てみよう。 トヨタには、いわゆる指名委員会と称する機関は存在しない。それに該当すると思われるのは、役員人事案策定会議という機関のようであり、過半数が社外の方で構成されているとされている。もちろん監査役候補の選任には監査役会の同意を要件としている。 すなわち、トヨタのこの新しい役員体制は、過半数の社外役員によって決せられたのである。 それならば、それを正当と評価しないわけにはいかないだろう。 それでも、なにか割り切れなさが残るのはなぜだろうか? 豊田章男氏の意向が感じられる気がするからである。 独立した社外役員の選任が事実のうえでCEOの心ひとつで決まってしまっては、コーポレートガバナンスの実はあがらないだろう。私が前回、トヨタグループの不祥事に際して独立した社外取締役の役割を強調したのも、それゆえである。
トヨタだけの問題ではない
トヨタにしてみれば気のせい、ということなのかもしれない。現に、株価も申し分ないことは上記のとおりである。 さらには、週刊文春誌上で豊田章男氏批判を繰り広げた菅原郁郎独立社外取締役も再任予定とされていることが、なによりの証拠であるということなのかもしれない。 それでも、今のトヨタは豊田章男氏のリーダーシップが強すぎて、コーポレートガバナンスが不足しているという批判を敢えて述べたい。 コーポレートガバナンスとは優れたリーダーたる経営者を選任するためであって、手段にすぎないと日ごろから発言している身としては、敢えて豊田章男氏の後継についてトヨタの独立社外取締役はどのような具体的な行動をしているのか、問いたい。 あるいは、上記の役員人事案策定会議において着々と検討がなされ議論が進められているということなのかもしれない。ただ、事柄の性質上、それを外部にわかりやすく説明することをしないでいるだけなのかもしれない。 それどころか、豊田章男氏は既に後継の社長を選任しているではないかということなのかもしれない。 だが、私の頭には週刊文春誌での菅原郁郎独立社外取締役の発言がある。「章男さんは変わってしまった」「昔は一家言持っている人たちが周りにいた。でも20年頃からかな、副社長を次々放逐したり、3人置くと言ったり。それで置いた人もまたいなくなって。章男さんに引き上げられた人ばかりで、率直に物を言う人がいなくなりました」ということであるとすれば、役員人事案策定会議での議論も推して知るべしという思いに駆られる。 トヨタグループは日本の支えである。したがって、豊田章男氏の後継問題は決してトヨタだけの問題ではない。 ある日、青空に突然に雷鳴が鳴る日の来ることのないよう、改めてトヨタの独立社外取締役と社外監査役にはこれまで以上の精進を願う。取締役会での議論を顧みれば、おのずとわかることのはずである。 業種は異なるが、ごく最近にもそうしたことが起きた例がある。株式会社における独立役員、ことに独立社外取締役の使命は重い。いわんやトヨタのような巨大企業においておやであろう。
牛島 信(作家・弁護士)