辻井伸行「歴史に残るような音楽家になりたい」、目標はベートーヴェンのソナタ全曲演奏への挑戦
11月29日、ドイツ・グラモフォンからベートーヴェンの傑作「ハンマークラヴィーア」を新録音でリリースした辻井伸行。グラモフォンからのデビューアルバムとなるこの録音で、辻井はベートーヴェンの連作歌曲『遥かなる恋人に』をカップリングに選んだ。医学生の詩を基に作曲されたが、ベートーヴェンの謎多き「不滅の恋人」と重ねて話題になることも多い。フランツ・リストがピアノ独奏版に編曲した逸品だが、演奏される機会は多くない。辻井はなぜ、この曲を選んだのか。また、今後の音楽活動への思いは。ロングインタビューの後編。 【写真】「障害がある人もない人も、演奏する人も聴く人も、みんなで一緒に楽しめるのが音楽」と語る辻井さん
(前編:世界的音楽家・辻井伸行「思い出の大作」への情熱) ■ピアノは歌声を表現するのが難しい楽器 ――『遥かなる恋人に』は、ピアノソナタ29番「ハンマークラヴィーア」が作曲される少し前の作品(1816年)ですが、リストの編曲版の演奏は珍しいですね。 カップリングはもちろんグラモフォンとも相談しながら決めましたが、この曲は僕にとって今回が初挑戦になりました。歌曲なので、原曲をとにかくたくさん聞きましたね。
ピアノは歌声を表現するのがすごく難しい楽器です。声はずっと音を伸ばすことができるけれど、ピアノは鍵盤を叩くとすぐに減衰してしまう。それをいかに歌っているかのように表現するか。 6曲が連作歌曲になっているので、それを途切れさせることなく、同時に6曲すべてを異なるキャラクターのイメージで弾かなければいけない。こうしたことを表現するのにすごく苦労しましたが、素晴らしい作品なので、まずはこの曲でみなさんに落ち着いた気持ちになってもらい、そこからハンマークラヴィーアの長い旅に臨んでもらいたいと思っています。
――歌曲の歌詞では「青い霧」「真っ赤な夕焼」など色彩豊かな表現が目立ちます。辻井さんの心には、どんな風景が浮かんでいたのでしょう。 僕は自然が好きなので、自然の中にいるようなイメージを持って演奏しました。5月に春が来て楽しくてウキウキする感じ、丘の上に座って遠くにいる恋人を想像しながら、でも会うことができずに苦しむイメージとか。 6曲すべて違うキャラクターを持っていますが、気持ちが落ち着くところ、キラキラした部分、いろんな要素があります。リストのピアノ編曲版はまだ弾いている人が少ない。あまり知られてない作品でもあるので、ぜひこの機会に知っていただきたいと思います。