質量がなくても運動量は存在するのか?…エンジンも燃料もいっさい不要の夢の宇宙船、光を使って宇宙船を動かす「ソーラーセイル」
光の力を使って、宇宙船を動かす
意外に思われるかもしれないが、質量がなくても運動量は存在する。 ---------- 運動量=質量×速度 ---------- なんだから質量がなかったら運動量もゼロのような気がするが、そんなことはない。たとえば、光は質量がないのに運動量を持っている。 実際、光を使って宇宙船を動かそうという「ソーラーセイル」という計画が大まじめに研究されている。ソーラーセイルは、ひと言で言うと「宇宙ヨット」。海洋を進むヨットは、セイル(帆)を広げて、風を受けて進むが、「ソーラーセイル」は、太陽光を受けて進む。従来の宇宙探査機と違って、エンジンも燃料もいっさい不要の夢の宇宙船だ。 質量のない光が宇宙探査機を動かすほどの運動量を持つというのも、なんだか奇妙な感じがするかもしれないが、実は量子力学まで学ぶと「速度」なるものは実在せず、あるのは「運動量」と「質量」だけだということがわかる。 だから「運動量がゼロで質量が有限」、とか、「運動量が有限で質量がゼロ」は別にありなのである。速度が存在しない、と言われてもピンとこないかもしれないが、実際のところ我々が感じている「速度」というものは錯覚にすぎない。 私たちは静止画が1秒に30枚、ちょっとずつ変わっている映像を見て「動いている」と感じているが、実際にはそこには動きがない。静止画の連続が動きに見えるのは「人間の錯覚」であっても、実際には物体は動いているのでは、と思うかもしれないが、そもそも、人間には動きを直接見ることなどできない。 静止画を「記憶」するのには有限の時間が必ずかかる。それは人間の目や脳でも同じである。そもそも、人間の目や脳は、「静止画の連続」しか見ることができないにもかかわらずそれを脳内補完で「動いている」と「感じて」いるだけなのだ。その意味でも「速度が実在する」というのは間違いなのである。 先ほど実在するのはそもそも速度じゃなく運動量のほうだ、という話をしたが、相対性理論から考えても質量がゼロのときの運動量がゼロじゃなくてもいいことは知られている。『学び直し高校物理』第1部の冒頭でも触れた有名なE=mc2 という式は言葉で書くと、---------- エネルギー=質量×光速2 ---------- であるが、これは静止質量の式と呼ばれていて、動いている(速度がゼロじゃない、つまり、運動量もゼロじゃない)ときには、 ---------- エネルギー2=(質量×光速2)2+(運動量×光速)2 ---------- という式になることが知られている(これがどうしてこうなるかを説明するのは本書のレベルではとても無理なので省くことをお許しください)。なのでここで質量=0にしても、 ---------- エネルギー=運動量×光速 ---------- という式になるので、質量がゼロになることと運動量がゼロになることは直接は関係ない。質量がゼロでも運動量を持つことは別に問題ないのである。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)