人生経験生かした60歳の新米先生 ペーパーティーチャーが教壇で伝えたこと〈宮城・蔵王町〉
仙台放送
「ペーパーティーチャー」という言葉をご存じでしょうか。教員免許を持っていても、一度も教職に就いたことがない人を「ペーパードライバー」になぞらえてこう呼ぶことがあります。この春県内の中学校に60歳のペーパーティーチャーが赴任しました。教師としては新米ですが、これまでの人生経験を生かして子供たちに向き合っています。 のどかな山あいに佇む全校生徒35人の蔵王町立遠刈田中学校。大住りおさんは育休補助の教師として英語を教えています。教科書だけでなく、時に英語のしりとりなども交えながら進める大住さんの英語の授業は生徒も興味津々。教室に笑い声が響くことも珍しくありません。 生徒(Q.授業の感想) 「楽しいですね。明るいから、みんな笑顔になっていいかなって」 「覚えやすいし、実際に一緒に発音してくれて、とても助かります」 「英語もちゃんとペラペラだし、教え方もうまいし…」 生徒たちからの反応は上々。そんな大住さんですが、この学校に勤めるまで教師として働いたことは一度もありませんでした。 大学卒業後は国内の銀行に就職し、その後、アメリカの大学院留学を経て、外資系の銀行やメーカーで管理職も務めました。教壇に立ったのは今年5月から。60歳の「新米先生」です。 大住りおさん 「私が面白いと思っても、彼らが面白くなかったら、それはあまり効果がないので、きょうは何人かが『えっ』ていう顔をしてくれたのでうれしかったですし、もうちょっと話してみました」 大住さんのように教員免許を持っていても教職に就いていない人は「ペーパーティーチャー」と呼ばれ、全国に400万人以上いるとされています。 教師の「なり手不足」が叫ばれる中、確かに県の教員採用試験の出願者数も年々、減少が続いています。しかし、新卒者の占める割合はほぼ横ばい。減っているのは既卒者で、その多くは教員採用試験に合格できず、非正規雇用の「講師」として学校で働きながら採用試験を受け直す人たちです。 こうした「講師」は産休や病気による休職など学校側の欠員を埋める貴重な存在ですが、その講師が足りず、実際に県内の学校では今年5月時点で17人の欠員を補充できていません。 その背景にあるのは定年退職者の増加に伴う新卒採用者数の増加です。新卒での合格者が増えれば、講師をしながら採用試験を受け直す人は減ることになるからです。 こうした状況を受けて県はおととしからペーパーティーチャーの人たちに講師になってもらおうと説明会を始めました。県によりますと、これまでの参加者のべ98人のうち48人が講師として働き始めているということです。 宮城県教職員課 工藤駿課長 「きっかけの一つは令和4年7月に教員免許の更新制が解消されたということがあります。年度途中からでも働いていただけるような方もいますので、教師不足に対する即効性の高い取り組みというふうに思っています」 大住さんも去年、この説明会に参加し、講師として登録しました。 大住りおさん(去年の説明会) 「私も人生後半戦、夢を追いかけてみたいなというふうに思いました」 大学時代に教員免許は取得したものの、教育実習先で発生した生徒同士のトラブルを目の当たりにし、教師の仕事の難しさを痛感したという大住さん。教師にはならずにいましたが、長い社会人生活ののち、一度諦めた夢をまた追いかけたくなったといいます。 教師としては新米でも、社会での多様な経験は教育者として大きな武器。学校も「新たな風」と期待を寄せます。 同僚の教員 「学校だけでは経験できない生きた経験、英語を子供たちが体験できるのはすごく良い機会になっていると思う」 一方で、課題もあります。教員免許を持っていて豊富な社会人経験があるといっても、教師としての経験はゼロの人材をどのように現場に戦力として迎え入れるか。 蔵王町立遠刈田中学校 堀内宣久校長 「いわゆる普通の新任の先生は初任者研修を受けます。大住先生の場合はその研修を受けないわけですよね、新任教諭なのに受けない。そこはやっぱりちょっと課題なのかなと思っていました」 この学校では初めの1カ月程度はベテランの英語教員とともに授業を進める体制を作りましたが、どの学校でもできるとは限らず、各学校がケースバイケースで研修を進めているのが実状です。県ではペーパーティーチャー向けに独立行政法人が公開しているオンライン教材の使用を勧め、今後は配置前の学校での研修など、より働きやすい環境整備を進めたいとしています。 県教職員課 工藤駿課長 「今目の前で起きている、その講師の不足ということに対応していくためにはペーパーティーチャーの力を借りるというのは、非常に心強いなと思ってます」 ペーパーティーチャーと一言で言っても、ひとりひとりが経歴も経験も違いレベルは千差万別。現場の負担をいかに減らしながら、戦力として活躍してもらうか、模索が続いています。 5カ月に及んだ大住さんの育休補助は、この日が最後です。最後の日も変わらず元気な笑顔で生徒たちと向き合います。 大住りおさん 「教員って本当に尊いなと。そんな簡単にできることではないことを、本当に何千人の先生方がやってらっしゃるなっていうのが、中に入ってわかったというのが一番だと思います」 全校生徒によるお別れ会で大住さんが最後に生徒たちに伝えたこと、それは自分を教師にしてくれたことへの感謝の思い、そして夢に向かって自信を持って頑張ることの大切さでした。 「Be proud of yourself. You are great. Don't be shy. Be brave! You can do it! See you again」
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