エボラ出血熱を正しく理解──感染経路、水際対策、最悪のシナリオまで 国立感染症研究所・下島昌幸
日本に必要な水際対策と懸念点
日本国内にエボラウイルスは存在しませんので、国内で感染者がいるとしたら外国から入ってきたことを意味します。水際対策として空港の検疫所等で、渡航歴と発熱を指標にしてウイルスの侵入にある程度対応できますが、入国時に必ずしも発症しているとは限らないので、水際で完全に侵入を阻止することは極めて困難です。感染から発症までには日数がかかるからです(2日~21日、通常は1週間前後)。日本ではエボラ出血熱などの感染症患者を受け入れられる指定医療機関があり医療水準も高く、また対応システムも充実しているので、西アフリカのような感染の拡大や流行が国内で起こることは到底考えられません。ただ、幸いにも未だ日本ではエボラ出血熱患者がいたことはないので、実際に発生した場合に想定通りにシステムが機能するかは未知数です。更にウイルスが国内の実験室内にもないことから、厳密な意味での精度の高い診断法の構築や治療薬の開発ができていないことは否めません。
最悪のシナリオは?
感染が拡大しすぎると、エボラ出血熱の制御が不能になるばかりでなく、医療従事者の離脱などにより医療体制の崩壊が予想されます。エボラ出血熱よりも多くの患者数や死者数が出ているマラリアなど他の感染症の制御が機能しなくなり、より大きな打撃もありうるのではないでしょうか。 ちなみにエボラウイルスが変異を重ねて空気感染するようになることは到底考えられません。これまで人や動物で様々なウイルスによる感染症の流行がありましたが、ウイルスの性状が大きく変わるようなことは一度も起こったことがないのです。
日本で感染者が見つかった場合、何が重要なのか?
欧米はアフリカ地域との人の往来も多く、エボラ出血熱患者の輸入例や搬送例を既に経験しており、またウイルスの研究も長年にわたり行われてきていることから、エボラ出血熱の患者やウイルスに対する意識が適度にあるうえに、覚悟もある程度は出来ているのではと考えられます。これに対し、日本国内は患者の経験が全くなく、ウイルスが扱われたこともなく、遠い国の話と感じている人も多いのでないでしょうか。ですので、もしも感染者が見つかった場合、あるいはウイルスが見つかった場合、パニックなどの過度の意識、過剰な行動が生じてしまわないか懸念されます。致死率が高く、治療法も予防法もないと聞くと、目を背けたくなるように感じるかもしれませんが、感染や流行を防ぐ方法はありますから、正しく理解し、有事にも冷静に判断することを願います。 ------------------- 下島昌幸(しもじま・まさゆき) 国立感染症研究所、出血熱ウイルス専門家。エボラ出血熱やラッサ熱など海外でみられるウイルスによる感染症の診断・研究に取り組んでいる。