『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ』ピーター・グリーナウェイ監督 ストーリーの必要ない映画が出てきて欲しい【Director’s Interview Vol.389】
ストーリーの必要ない映画が出てきて欲しい
Q:画家としても活躍されていますが、映画のショットを切り撮るときも絵画を書いているような感覚はあるのでしょうか? グリーナウェイ:私は画家としての教育を受けたので、色彩や光の使い方もそこで学びました。そのおかげで、絵画の言語をそのまま映像に用いることが出来たんです。画家として学んだことを映像表現として自分の中で育てていきながら、更に開発もしていました。加えて素晴らしいカメラマンとの巡り合わせも大きかった。サッシャ・ヴィエルニさんがその一人。彼が撮影を手がけたアラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』(61)は、60年代で最高峰の映画だと思います。ちなみに、同じく二人が手がけた『二十四時間の情事/ヒロシマモナムール』(59)の脚本家マルグリッド・デュラスは、もともと文学界の人。そうやって違う世界の人が一緒に物作りをすることも、映画作りの素晴らしいところですよね。 ロンドンでアートスクールに通ったときには絵画の歴史も勉強しました。教会や宗教関係、王族や貴族が描かれるのが主だったところにレンブラントが現れ、平民や社会など様々なものが描かれるようになった。そしてその後、モネが登場するわけですが、衝撃だったのはモネはストーリーを必要としない絵を描いたこと。これは物凄いことでした。実はこれは映画の悲しい部分でもあるんです。映画はストーリーを持たなければならないと義務のように考えられている。しかし私にとっての最高の絵画というのは、物語を持っていない絵のこと。何かをしているのではなく、ただそこに存在する。ストーリーが無くても良いのだと。そういったことを初めて取り入れたのがモネなんです。絵画はそこからモダニズムに進んでいくわけですが、残念ながら、映画はそういう方向にはいかなかった。「絵のような映画」つまりストーリーが必要ない映画が、これから登場してくれることに期待しています。 余談ですが、約4万5千年前に描かれた洞窟の壁画に比べて、動画はたった130年くらいの歴史しかない。動画がない時代の人たちは、自分たちが居間に座って箱(テレビ)をじっと見ている未来なんて想像できなかったでしょうね。 Q:色彩設計や計算された構図など、あなたの画面設計には圧倒的なインパクトがありますが、ドリー撮影もその特徴のひとつです。しつこいくらいの横移動は、古代~中世日本の絵画作品である「絵巻物」を想起させるのですが、何か意識されていたりしますか? グリーナウェイ:確かにそうかもしれませんね。これまで日本の絵画をたくさん見てきたので、「絵巻物」を想起した部分もあると思います。特に『プロスペローの本』(91)では、ジョン・ギールグッド扮するプロスペローが歩き回るシーンで、横移動などトラッキングショットをよく使いました。彼の感情を表現するにあたり、非常に興味深い画作りが出来たと思います。 ヨーロッパの絵画はずっと長方形で発展してきたので、巻物のようなものがなかったか思い出そうとしてもあまり頭に浮かびませんね。「ヘイスティングズの戦い」を描いた有名な刺繍のタペストリーがあって、それは巻物となって物語が展開するものになっていますが、思いつくのはそれくらいかな。あまり思いつかなかったということは、やはり日本の「絵巻物」に影響を受けているのでしょうね。また、巻物の場合は徐々に物語が明かされていく特性があるので、そこにも興味を惹かれますね。
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