<独占告白>元巨人の代走スペシャリスト、鈴木尚広の引退真実
だが、徐々に体力、技術、メンタルのバランスが崩れ始めたという。 足にはスランプがない、が球界の常識のように言われている。だが鈴木氏は、その考え方を否定した。 「感覚的なスランプはたくさんあるんです。考えすぎて無になれないんです。そこに陥ったら、なかなか動けず、行けなくなる。その中で、盗塁という反応は必ず相手が先でバッテリーに主導権を持たれている状況で勝負をしなければならなかった。だから実際、228個の盗塁のうち、納得のいく盗塁は、ほとんどなかったんです。合計10個もないんじゃないですかねえ」 バランスの崩壊が顕著に出たのが、あの横浜DeNAとのクライマックスシリーズでのまさかの牽制死の場面だった。3-3の同点で迎えた9回、足を痛めていた村田修一が内野安打で出塁した。無死一塁で、4番の阿部慎之介を迎えたサヨナラのチャンスに満を持して代走・鈴木氏が告げられた。 「最初から(田中と)合ってないなあという感じがあったんです。“今日は自分にとって逆の方にいっているなあ”という感じがしていたんです。それと田中選手が、あそこで投げるという予測がなかった。三上の続投か、山崎康の投入か、そういう読みをしていたので、僕にとってちょっと予想外で、面食らい出遅れた感じがあったんです。いつもと違う感じですね」 試合の流れを見て予測する“読み”が狂い、五感で感じる無の境地を保てない。 ボールカウント1-0だった。横浜DeNAの左腕・田中が、いつもより長くボールを持っていた気がしたが、鈴木氏は牽制で逆をつかれた。「スタートをきろうとしたんです。あそこは勝負する場面でした」 頭からベースに戻ったが間にあわずサヨナラのチャンスは消えた。延長で巨人は敗れ、結果的にこれが鈴木氏の現役最後のプレーとなった。 「(失敗した)悔しいという感情よりも、チームへの責任感を感じました。悔しいよりも申し訳ない、そういう気持ちでした」 鈴木氏は、その感情を押し殺したままベンチで走塁グローブを外した。 「心がそこになかったことが招いた必然のアウトでした。(引退の)決め手になったわけではありませんが、やっぱりこうなるなあっていうのがわかりました」 あの試合は、引退の引き金ではなく、心が離れたことを最終確認するシーンになった。