意外と知らない、「不健康な人」に共通する「考え方のクセ」
なぜ組織の上層部ほど無能だらけになるのか、張り紙が増えると事故も増える理由とは、飲み残しを放置する夫は経営が下手……。わたしたちはいつまで金銭や時間など限りある「価値」を奪い合うのか。そもそも「経営」とはなんだろうか。 【写真】人生で「成功する人」と「失敗する人」の大きな違い 経済思想家の斎藤幸平氏が「資本主義から仕事の楽しさと価値創造を取り戻す痛快エッセイ集」と推薦する13万部突破のベストセラー『世界は経営でできている』では、気鋭の経営学者が日常・人生にころがる「経営の失敗」をユーモラスに語る。 ※本記事は岩尾俊兵『世界は経営でできている』から抜粋・編集したものです。
健康は経営でできている
醤油に刺身や漬物をひたひたに浸して食べる人がいる(実は私もその一人だった)。 そうした人は醤油の味をつけた料理を食べたいのだろうか、それとも本当は醤油を飲みたいのだろうか。 ここで「いや、刺身も漬物も、本当は醤油を飲むための緩衝材なんだ」と主張したい人もいるだろう(健康診断で高血圧の項目が問題になるまでは私もその一人だった)。 それならば次の質問はどうだろう。 醤油が好きだという人は醤油の味を楽しみたいのだろうか、それとも大量の塩分を体内に取り込みたいのだろうか。
高血圧と偏見:欲しいのは塩分か、それとも味か
こう質問されると、ほとんどの人は「醤油の味を楽しみたい」と答えるのではないだろうか。 現代は一昔前の麦茶に塩を入れていた時代とは違って、塩分が足りない時代ではない。塩分は放っておいても摂りすぎになる時代だ。 と、ここで「さては減塩醤油を売り込む気だな。醤油メーカーの回し者/社外取締役狙いに違いない」と思った方は九州醤油よりも甘い。ご安心いただきたい。私自身どちらかといえば減塩でない醤油の方が好きである。 減塩醤油を用いなくても醤油の味を楽しみつつ塩分摂取を抑える方法はある。 たとえば醤油を料理に刷毛で塗ったり、スプレーで散布したりするなどだ。高級寿司店で使われる調理法である。この方法なら醤油の味はそのままで醤油の使用量を抑えられる。 そもそも醤油は舌の表面にある味蕾と接して初めて味覚として意味をなす。だから味蕾と接しないほどの(ひたひたの)大量の醤油は「醤油の味を楽しむ」という目的に対して過大である。これでは無駄に塩分を摂取し無駄に健康を害するだけだ。 といって今度は塩分が健康にもたらす悪影響を心配して、極端に塩分を控えてしまう人もいる。あるいは糖質制限/ロカボダイエットの流行に乗って、ある日から突然に糖分や炭水化物をほとんど断ってしまう人がいる。 しかしこれまで日常的に摂っていた栄養素の摂取量を短期間で大幅に減らしてしまうと、禁断症状が出てしまってその栄養素をより欲するようになる。 たとえば一週間塩分と糖分を我慢しすぎた結果として反動で無性にラーメンが食べたくなり「味濃いめ、脂多め、野菜少なめ、チャーシュー二枚追加、麺特盛」を注文してしまったりする。それでは結局のところ一週間分の塩分と糖分を一日にまとめただけだ。ついでに余計な脂肪分まで取り込む結果になっている。 いや一週間分を一日で食べただけならまだいい。ダイエットからのドカ食いは血糖値と血圧の急上昇をもたらし血管に大きな負担をかける。こうしてボロボロになった血管が、次の病気を引き起こす。 これでは逆効果だ。手段が目的を邪魔している。 これらの例から分かるように、経営の失敗により健康は容易に損なわれる。部分的な合理性を追求して全体的な合理性がない行動をとったり、短期的な利益を優先して長期的な損失をこうむったりといったことが頻繁にみられるのだ。 たとえば睡眠においても、しばしば人は部分的・短期的最適行動に陥る。 仕事が忙しくて、睡眠時間を削ったり、徹夜したりする場合がその典型例だ(実は私が今まさに徹夜でこの原稿を書いているのだが)。 徹夜で仕上げた仕事はミスが多くなる。 たとえば、原稿を書くという仕事であれば、「徹夜」という字が全部「哲哉」になっていたりする。「哲哉でこの原稿を書いている」という間違った文を見て哲哉という名前の青年を監禁し口述筆記させているマッドサイエンティストを思い浮かべたり、哲哉青年の髪の毛を縛って筆代わりにして原稿用紙に文字を書きなぐっている画狂老人卍的な人物を思い浮かべたりする。 そうして、仕事の細かなミスを修正しなければいけないのに、徹夜からくる高揚感で余計なことばかり考えてしまって仕事がいっこうに進まない。仕事が終わらないから今日もまた睡眠時間が足りなくなる。睡眠時間が足りないから……という悪循環におちいる。私は今まさに悪循環の最中だ。 飲食行為においても、部分的・短期的利益優先型の全体的・長期的損失行動がみられる。 たとえば週にわずか一日でも休肝日を作るだけで肝臓の負担は減るというのに「今夜だけはどうしても飲みたい」という、どうせ明日も去来する感情に毎日身を任せてしまう。その結果、あるときにこれまで沈黙していたはずの肝臓が悲鳴を上げ、一生お酒を飲めなくなってしまったりする。 あるいはお金/時間がないからと、手軽かつ高カロリーで栄養価が低いジャンクフードばかりを食べてしまう。もちろん、短期的には安易に/安価に空腹感から解放されるジャンクフードには利益がある。しかしジャンクフードまみれの生活をしていると病気のリスクが上がり、やがては治療費が高くつく。