上意下達は今や昔? 試行錯誤する令和の高校野球監督 センバツ
上意下達の指導は今や昔? 多様性が尊重される社会となり、指導方法にも変化が起きている。第96回選抜高校野球大会の出場校の監督らに選手との接し方について聞くと、チームを好循環させるキーワードに「我慢」や「順応」などが浮かんだ。 【写真まとめ】2023センバツ 躍動したドラフト指名選手たち ◇「何かを変えないといけない」と模索 「エラーはOKだから。(グラウンドで)コミュニケーションしよう」 14日夕の神村学園(鹿児島)の甲子園練習。実戦形式の打撃練習でふらふらっと上がった内野後方の打球を、野手がお見合いしながら落球すると、小田大介監督(41)の声が響いた。 一方、好プレーが飛び出すと、小田監督は頭の上で手をたたいて「本番でもやってください」と笑顔を見せ、選手たちと意思疎通を図った。 「昔はすぐに(技術的なことを)言いたくなったんですが、今は教えすぎないように我慢しています。『何を考えて打っているのか』『どこを意識して投げているのか』。そう問いながら、アドバイスしています」 インターネットの普及で情報過多の社会となり、球児を取り巻く環境も変化している。プロ選手らの練習方法は動画投稿サイト「ユーチューブ」で簡単に知ることができる。受け身にならず、取捨選択する力が求められるだけに、指導者は「考える力」を養ってもらおうとする。 だが、それは選手だけではない。小田監督は「時代の流れに沿って指導者もアップデートしていかないといけない」と語る。痛感させられたのは2022年夏だった。春の九州大会王者として臨んだ鹿児島大会で初戦敗退した。 普段は気持ちを強く持つことができた選手たちが、劣勢に立つと戸惑いの表情を浮かべた。選手たちの新たな一面を見たようで驚かされた。 20年夏の甲子園中止も含めると、3年続けて甲子園出場を逃し、03年の創部以来最長のブランクとなった。甲子園を経験しない代を初めて生み出し、小田監督は「何かを変えないといけない」と模索した。厳しさを求める練習を続けながらも、選手たちの仕草などを観察しながら歩み寄り、背中を押すような声をかけるようにした。 前チームの今岡歩夢(あゆむ)主将は、小田監督の目には控えめに映っていた。そこで「(日本代表で活躍したラーズ・)ヌートバーのような、チームに火をつける熱いプレーを」と積極性を求めた。 ユニホームを泥だらけにしながら今岡主将は1番打者としてチームをけん引した。4年ぶりの甲子園で準決勝まで進み、新チームもその勢いのまま2季連続の出場をつかんだ。 ◇「これからの時代の一つのあり方」 時には監督が声をかけないというケースもある。就任20年目の京都外大西の上羽功晃(たかあき)監督(54)は選手とのコミュニケーションを増やしながらも、「その選手の耳にしっかりと届くために、誰から伝えてもらうのがいいかを見極めるようにしている」。 監督から直接アドバイスすると、それが答えとなってしまう。ある時、守りが得意な控え選手が、個人練習で打撃を中心に取り組んでいた。その選手は苦手なバッティングが向上したらレギュラーに近づくと考えた様子だったが、上羽監督は長所の守備をさらに伸ばした方が試合出場の機会が増えると考えていた。 「どうやって試合に出ようと考えている?」。あえて学生コーチに声掛けを託し、選手が自身の特徴を見つめ直す機会とした。 76年ぶりのセンバツ出場となった田辺(和歌山)は、指導者が選手一人一人を細やかにフォローする点が、21世紀枠特別選考委員会で「これからの時代の一つのあり方」と高く評価された。 田中格監督(51)は以前、教育相談を担った経験があり、不登校の子どもがいる家庭と話し合ったり、カウンセラーから生徒たちとの接し方を学んだりした。「昔は一方通行でした。今は生徒の考えを引き出してあげたいと思うようになりました」と話す。 プレー面だけでなく、対人関係の相談に乗るなど対話を重視した。寺西邦右(ほうすけ)投手とは昨秋の和歌山大会前に腕の張りなどコンディション面などを丁寧に確認。エースの奮闘で市和歌山、智弁和歌山の強豪を連破し、準優勝を果たした。 選手主導でチームの課題に向き合い、練習に取り組む出場校もある。宇治山田商(三重)は14年に部員間の暴力などによる不祥事が発覚し、指導も頭ごなしだったという。16年に就任した村田治樹監督(53)は「自主性が伝統になりチームの文化として根づいてほしい」と願い、部員と向き合ってきた。 昨秋の東海大会では2試合とも終盤に守備が乱れたことから、選手たちがミーティングを行った。その結果、村田監督に提案したのが守備練習の後半に実際に走者を置いて試合に近い状況を作ることだった。 村田監督は「就任して最初のころは自主性の強制だった」というが、それも徐々になくなり、いい伝統になりつつあるという。 ◇双方向の会話は競技外でも好循環 学生スポーツにおいて、選手と指導者の関係が良好となっているデータがある。笹川スポーツ財団が21年に全国の中高大学生ら722人を対象に、指導を受けている部活動や民間スポーツクラブなどの指導者に対するイメージを調査した。 複数回答可で、1位「熱意がある」(45・4%)、2位「親しみやすい」(45・3%)、3位「信頼できる」(39・6%)など好意を示すポジティブな印象が上位を占め、「話を聞いてくれる」(26・9%)は9位に入った。一方、ネガティブな内容は13位の「感情的に怒る」(7・3%)が最上位だった。 選手たちにとって指導者は身近な存在であり、親密性が高いことがうかがえる。寄り添う指導は競技以外の面でも選手たちにメリットをもたらすという。 企業やスポーツ組織について研究する順天堂大大学院の水野基樹教授(経営組織論)は「これまでのトップダウンによる一方的な指導では、選手たちは指導者からの指示を待つだけの姿勢になってしまう。自分が置かれている状況に応じて、練習やプレーに対する意味を自問自答させることで、社会に出てから通用するスキルも獲得できる」と指摘する。 そのためにも「野球選手としての技能を伸ばすことだけを考えるなら、指導者が効率的な練習内容の指示を出せばいいのかもしれない。だが、人間としての成長も同時に達成しようとする場合は『自分がもっと成長するためには、どうしたらいいと思う?』など、選手への問いかけ型のコミュニケーションを根気強く続ける必要がある」と話す。【センバツ高校野球取材班】