金正恩氏と朝鮮学校生徒との記念撮影 新たな親衛隊をつくりたい北朝鮮の思惑
新年の祝賀公演に参加するため、昨年11月から北朝鮮を訪れていた日本の朝鮮学校の生徒ら約120人が11日夜、羽田空港に到着した。朝鮮総連の幹部や生徒の家族ら約100人が出迎え、大きな歓声が上がった。歓声の理由は、金正恩総書記との記念撮影にあったらしい。 朝鮮中央通信は3日、朝鮮労働党中央庁舎前で撮影した金正恩氏と朝鮮学校生徒らの写真6枚を公開した。金正恩氏は生徒たちの頬をなでたり、腕を組んだりして写真に収まった。生徒たちも終始笑顔で応じた。同通信は生徒たちの心情について「常に会いたいと思っていた尊敬する父、金正恩元帥の温かい祝福を受けるという最高の幸福と名誉に、こみ上げる激情を抑えることができなかった」と伝えた。 北朝鮮では最高指導者との写真撮影は「家門の誉れ」として、非常に価値があると位置付けられる。最高指導者との写真を飾った家庭では、国家保衛省(秘密警察)などによる定時検閲の際、未申告の人間を泊めていたなど、少々の不祥事があっても目をつむってもらえる。最近も金正恩氏が地方の現地指導に出かけた際、日程や警備上の都合で集合写真の撮影を省略したところ、住民たちから失望の声が上がったという。 では、金正恩氏が日本の小中学生にあたる朝鮮学校の生徒たちとの集合写真に応じた理由はどこにあるのか。在日朝鮮人関係者の一人は「海外組織の再編が狙いだろう」と語る。関係者らによれば、金正恩氏は今年、恒例になっていた総連幹部あての祝賀電報を送らなかった。昨年11月に東京で開かれた総連分会代表者大会にもメッセージを送ってこなかった。金正恩氏は過去、分会代表者会の重要性を指摘していただけに、関係者から落胆の声が上がったという。 関係者の一人は「今の総連指導部は、金正日総書記に送金するなどして評価されてきた。金正恩氏とは何の関係もない」と語る。金正恩氏は2011年末の権力継承後、指導部の世代交代を進めて来た。同じことを、在外同胞組織でも進めようと考えても不思議ではない。この関係者は「今回、金正恩氏と写真を撮った世代は、キム・ジュエと呼ばれる娘と同じ年代。ジュエ氏の親衛隊をつくる狙いもあるのかもしれない」とも語る。 もちろん、北朝鮮指導部も、ボランティアで写真撮影をセットするほどお人よしではないだろう。朝鮮中央通信によれば、朝鮮労働党の李善権部長は9日、朝鮮学校生徒らのために開いた宴会で演説し、「在日朝鮮児童・生徒が金正恩総書記だけを信じて従い、民族教育の花園の中で在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の愛国偉業のバトンをしっかり継いでいく」との確信を表明したという。北朝鮮では最高指導者と写真を撮った人々は、「家門の誉れ」を得ると同時に、最高指導者の権威を汚さぬよう、それなりの責任を負わされる。集会や奉仕作業などへの率先的な参加が求められ、市場での商売などの副業を行うことを慎むよう、圧力がかかるという。 今回、子供たちを北朝鮮に送り出した家庭は、最高指導者との写真撮影をそれなりに誇りに感じたようだ。それが、11日の羽田空港での大歓声にもつながったのだろう。だからといって、日本で暮らして、自由な社会に慣れた人々だ。写真撮影を一緒にしたという理由だけで、一生活動家の道を歩むことを決心したり、決心するよう求めたりすることは難しいだろう。 結局、金正恩氏との記念撮影が、ただの楽しい思い出で終わってくれれば、それが一番望ましい展開なのかもしれない。
牧野 愛博