『田中一村展 奄美の光 魂の絵画』東京都美術館で 初公開作品を含む約250件が集う最大規模の個展
2024年9月19日(木)より、東京都美術館では、『田中一村展 奄美の光 魂の絵画』が開催される。卓越した画才を持ちながらも中央画壇と一線を画し、ひとり奄美大島で独自の画境を切り拓いた田中一村(たなか・いっそん/1908-1977)の全貌を紹介する大回顧展だ。 【全ての画像】《アダンの海辺》ほか広報用画像(全15枚) 6歳の頃には、すでに「米邨」の画号で絵を描き、10代の頃には何度も画会を開くほどに南画家として活躍していた田中一村。ところが、難なく合格した東京美術学校の日本画科を、わずか2カ月で退学した後は、千葉での活動が長く続いた。戦後は川端龍子主宰の青龍展に参加するも、自信作が落選したことに納得できず団体から離れ、日展や院展に出品した作品も全て落選。53歳の時に本格的に奄美大島に移住した後は、紬工場の染色工として働き、制作費が貯まると絵画に専念するという生活を送った。 同展では、彼が奄美で描いた作品をはじめ、スケッチや工芸品、資料を含めた250件を超える作品が紹介されるが、なかでも一村自身が「閻魔大王えの土産品」と手紙に書いた《アダンの海辺》と《不喰芋の蘇鐵》は必見。前者は一村にとって奄美大島を象徴するモチーフ「アダン」の実を、きらめく波涛や砂浜を背景に大きく描いた作品、後者は花芽から実が落ちるまでの不喰芋の命の円環を、南国の生命力あふれる濃密な自然の中に表現した作品だ。 その他、一村が23歳の時に描いた初公開の力作《椿図屏風》や、青龍展で初入選した《白い花》など、注目作がズラリと並ぶ。なぜこれほどの才能を持った一村が、生前、認められなかったのか? 様々な思いに心がざわつくことだろう。 また同展では一村が支援者や周囲の人と交わした交流の軌跡を追うことで、決して「孤高の画家」ではなかった彼の人間的な魅力にも迫っていく。記念公演会やトークショーなど、関連イベントも多数。詳細は展覧会公式サイトで確認を。 <開催概要> 『田中一村展 奄美の光 魂の絵画』 会期:2024年9月19日(木)~12月1日(日) 会場:東京都美術館 企画展示室