イスラム教の「過激派」とは なぜ自爆テロまで行うのか? 国際政治学者・六辻彰二
しかし、伝統的なイスラム法学では、カリフ(ムハンマドの正統な後継者)やイスラム共同体の軍事的司令官(アミール)だけが、イスラム世界の外でのジハードを宣言できるとなっています。どちらも不在で、しかもテロ組織を率いる人物の多くは、正規のイスラム法学の教育を受けていないため、そもそもなぜ彼らがそれを宣言できるのか、という疑問もあります。また、「米国がアラビア半島やパレスチナで行った犯罪行為」に対する「懲罰」として(彼らの言う)「ジハード」を正当化していますが、「目には目を」の要素は、やはり伝統的なイスラム法学におけるジハードのなかにはみられないといわれます。 そのため、ほとんどのイスラム法学者はテロ組織と距離を置いていますが、それにもかかわらず、過激派がイスラム圏全体で少なくない支持を集めることに成功した背景には、米国の中東政策だけでなく、それを中心に進むグローバル化によって貧富の格差が拡大したことや、欧米文化の流入が加速度的に進んだことへの批判や警戒があったといえます。この背景のもと、ISはSNSなどを通じて「ムスリムの困苦」と「それを生んだ米国」のイメージを拡散させることで、世界各地から賛同者を集めてきました。
日本人拘束事件と「イスラム国」
イスラム主義に多くの潮流があるように、イスラム過激派同士の間でも、必ずしも友好関係にあるとは限らず、敵対することも稀ではありません。ISの場合、もともと「イラクのアル・カイダ」を名乗っていたグループが、本家アル・カイダのリーダーであるザワヒリ容疑者と路線をめぐって対立し、分裂した経緯があります。そのため、「アラビア半島のアル・カイダ」などアル・カイダ系組織とは対立関係にあります。 アル・カイダやISをはじめ、スンニ派組織にはサウジアラビアなど湾岸諸国から資金が流れているといわれます。人員や資金を確保し、組織を拡大させるうえで、新興勢力であるISにとって宣伝は、アル・カイダ以上に重要になってきます。 昨年末から、米国を中心とする有志連合の空爆やクルド人勢力の反攻で勢力圏の拡大が停止する中、外国人戦闘員の士気の低下もいわれています。その中で、人質を用いて日本政府を脅すとともに、ヨルダン政府を含めた、IS包囲網を形成する有志連合に動揺を走らせることが、彼らにとって大きな宣伝効果をもったことは確かです。 ISによる日本人拘束事件は、イスラム過激派に対処するために、それを知る必要を、改めて日本につきつけたといえるでしょう。