池松壮亮は考え続ける──映画『本心』インタビュー
亡くなった人間をAIで蘇らせる世界を描いた映画『本心』で主演を務めた池松壮亮。進化を続けるAI技術と追いつかない法整備やモラル。人々とテクノロジーが共存していく世界に抱く本心を静かに熱く語った。 【写真を見る】『本心』に出演する三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、妻夫木聡の写真をチェックする
池松壮亮と『本心』との出会い
池松壮亮は、常々思考する人だ。その濃度・深度は常人を凌駕し、彼の芝居を生み出す土壌を肥沃なものにしている。 「映画というものを考えることと、お芝居や人というものを考えることはそんなに遠くない気がしています」と語る彼が興味を抱き、思考の栄養素として選ぶ本も、小説から宗教書まで実に幅広い。その一冊に、平野啓一郎の「本心」があった。まだ書籍化前だった「本心」を、多くの作品で苦楽をともにしてきた盟友・石井裕也監督に「映画化したい」と持ちかけ、ふたりは意気投合。実現に向け動き出す。 「2022年11月にChatGPTが公開され、徐々に生成AIへの認知が広がっていき、今現在では、自分事として捉える人が増えてきた感覚はありますが、2020年から撮影当時は人に話しても“そうなんだ、近未来SFかな”くらいの温度感で、企画を進めていくことにとても苦労しました。石井さんが最後までこの映画を導いてくれたことが、何より大きかったです。僕一人では絶対無理でした」と振り返る。 「テレビを見ていても、生成AIがニュースやバラエティ番組に取り上げられる機会がだんだんと増えてきたと感じます」と語る池松は、映画『本心』が議論の種になれば、と期待を寄せる。 ■AIに必要なのはルールと倫理 「2023年にハリウッドで起こったストライキの大きな争点がAIによる権利侵害であり、今年に入ってもビリー・アイリッシュら約200名のミュージシャンが音楽生成AI の開発制限を求めて署名を行ったり、EUでAI の規制法案が成立したりと各国で日々、新たな動きが生まれています。テクノロジーの進化が早すぎて、人間が追い付けないところにまで来てしまっている危機感は強まっていますが、日本国内においての議論の場は、まだまだ十分とは言えません」 『本心』の映画化に際して、象徴的なトピックがある。原作では2040年代の設定を、映画では2025年付近にまで早めたのだ。現実が小説を追い越してしまったのが理由だが、池松と石井監督はとにかく早く映画化したい、と急いでいたという。 「SFの良いところは、現実に対してフィルターがあることだと思います。原作を読んだとき、現実と距離があるからこそ“物語”として触れられるところがありました。本当にやってくるだろうという怖さがある半面、その距離が想像を生み、まだ先の未来として面白がることができていました。ところが、映画化の準備中にApple Vision Proが発表されたり、中国の青年が生成AIを使って、2Dで蘇らせた祖母と会話する動画が拡散されたりして、もっと先だと捉えていたことが限りなく今に近いものになっていきました」 アフターコロナでテクノロジーの進化が異常加速したと語る池松は、その根底にあるのは「人類の欲望であり、喪失でもある」と考察する。「僕自身、頭の中で15歳の時に亡くなった祖父を何度も蘇らせていますし、好きな人と会いたいからと生成AIを使う行為自体に恐ろしさこそあれど、動機そのものは理解できてしまいます。いま感じている“畏怖の念”もいずれなくなっていくのだろうと思います。ただ、そこに倫理や道徳が及ばなくなることはとても危険だと感じています。例えば刃物にしろお金にしろ、使い方によっては道具にもなるし凶器にもなります。ルール化が必要ですし、そのための議論が不可欠なのではないでしょうか」 ■『本心』は暗闇の中で見つけた未来 池松の言葉からは強い使命感が伝わってくるが、彼の“本心”はそれだけではなかった。「芸術は不要不急」と、その存在を全否定されたあの時期、この企画が灯になったという。 「世界中の映画制作がストップし、この後に何を作って見せていくべきなのか、真っ暗闇で、迷い打ちひしがれていました。そんな中、アフターコロナで自分たちがこれから体験するであろう少し先の未来を描いている『本心』だけは“これならやれる”という感触があり、この企画を頼りに過ごしていました」 自らを「普段はのんびりしているけれど、ピンチになると不思議とエンジンがかかる」と分析する池松。「そうした意味では、あの混乱の中でどうすべきか一人で必死になって考えて、探し続けていました。あの日原作に出会えたことも、その結果のひとつだったと思います」 彼は決して、来たる未来を悲観しているわけではない。ただ、そこに思考が伴わないことを懸念し続けている。人間は考える葦である─この“考”こそが、人を人たらしめる砦だと信じているからだろう。 「万が一『本心』のような世界が来ても、僕が演じた朔也のように本気で悩んだり、人や自分に誠実で居続けられたり、喜んだり泣いたり“生きる実感”を求めることができれば、まだなんとかこの世界は取り返しがつくと信じています」 ■池松壮亮 俳優/1990年生まれ、福岡県出身。2003年、ハリウッド映画『ラストサムライ』で映画デビュー。2019年公開『宮本から君へ』で、第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞を受賞するなど、これまで数々の映画賞を受賞している。2024年は映画『ぼくのお日さま』、『ベイビーわるきゅーれナイスデイズ』、『本心』に出演。また、2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、豊臣秀吉を演じることが決定している。 ■『本心』 朔也(池松壮亮)の母(田中裕子)は、「大事な話があるの」と言い残して急逝する。幸せそうに見えた母だったが、実は“自由死”という制度を選択していたことがわかる。どうしても母の本心が知りたい朔也は、AI で仮想空間上に人間を作る技術を使い、母を蘇らせるが、徐々に母の知らない一面が明らかになり……。 11月8日(金)より全国公開。 © 2024 映画『本心』製作委員会 配給:ハピネットファントム・スタジオ 写真・横山創大 ヘアメイク・FUJIU JIMI 取材と文・SYO 編集・遠藤加奈(GQ)