俳優の草笛光子が90歳で主演、映画「九十歳。何がめでたい」 爽快で良質な人間関係を描く
【渡邉寧久の得するエンタメ見聞録】 俳優の草笛光子が、90歳で主演した映画「九十歳。何がめでたい」(前田哲監督)が、21日に公開される。 何年か前のこと。舞台の制作発表で聞いた草笛の言葉を、自分のなまけ癖を払拭する際にしょっちゅう思い出している。当時、80代だった草笛は、面倒くさがらずに行動する秘訣(ひけつ)について、「おっくうとの闘いです」とずばり。 以降、映画館や寄席に出かける予定を、「きょうはいいか」とあきらめようとしている自分に、「おっくうと闘わなくちゃ」と言い聞かせる。そのたびに草笛を思い出すというあんばいだ。 草笛が演じるのは、昨年100歳を迎えた作家の佐藤愛子。断筆宣言し、家族から見るとちょっと気の抜けた生活を送っている。そこに突如現れた、昭和感を全身にまとったような中年編集者、吉川真也。唐沢寿明が演じている。 執筆を頑固に拒み続ける作家と、めげずに自宅訪問を繰り返す編集者。唐沢の、編集者という生き者をカリカチュアしたような演技が秀逸で、それを草笛が受け止めたり受け流したりするという2人の間合い。それがおかしくて、人情味たっぷりだったりして、涙や笑いとちょっとしたすがすがしさを見るものに残す。編集者を物語の核にするためには、過剰な人物造形も必要なのだろう。まんまと成功している。 連載エッセーのタイトルは「九十歳。何がめでたい」。それをまとめて同名エッセー集として出版された。さらに第2弾「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」(ともに小学館)へと人気は続き、シリーズ累計175万部を突破しているエッセー2冊が、映画の原作になっている。 作家の視座からとらえた世の中の変わりよう、憤まん、戸惑いを、ストレートに料理したり、ユーモアを加味したりした原作からエピソードを抽出し、作家と編集者の関係を描く。同時に、作家・娘・孫娘の三代の様子、編集者の家庭事情などを絡め、いくつものドラマを描き切った。 ハラスメントが大手を振り、人間がアップデートを余儀なくされる昨今。やがて共鳴し合う作家と編集者の生き方は、遠慮のない触れ合いに裏打ちさせた間柄を作れるんだ、という人間関係の希望も伝える。