4月に開局した電車の中のテレビ局『TRAIN TV』 仕掛け人が語る、番組制作の舞台裏と反響
交通機関を使った移動時間中、ほとんどの乗客の視線はスマートフォンにいっているように思う。かくいう筆者も、移動中はもっぱらSNSばかり見て首を痛めている一人だ。 【画像】jekiがおこなったアンケート調査の結果 ただ最近、電車内でふと顔をあげてみると、広告ばかり流れていた電車内のサイネージに、ちょっとした革命が起こっていた。特に首都圏の電車ユーザーの中では、筆者と同じように電車内のデジタル広告に起こった“ある変化”に気づいている方は意外と多いのではないだろうか。 それが、今年の4月に開局した『TRAIN TV』だ。 これは“電車の中のテレビ局、はじまる。”というキャッチコピーのもとで始まったジェイアール東日本企画(以下、jeki)の取り組みだ。JR東日本の首都圏主要10路線(山手線、中央線、京浜東北線など)とゆりかもめの車内に搭載された約5万面のデジタルサイネージで1番組60秒の短尺タイパ動画を放映しており、首都圏のJRユーザーあれば既にいくつかの番組に遭遇していると思う。 この「TRAIN TV」には、人気YouTuberのヒカキンや、お笑いコンビ・チョコレートプラネットも出演しており、バラエティ豊かな番組ラインナップで番組とCMを合わせて1ロール20分程度の編成が繰り返し放映される。番組プログラムは1週間単位で更新されている。 “電車の中のテレビ局”とはいったものの、私たちが家で見るテレビとはひとつ大きく異なる点がある。電車内ゆえに「音がない」のだ。 音の無い、いわゆるサイレント動画ではコンテンツ制作に縛りが出来てしまって「面白くないのでは?」と思う人もいるかもしれない。しかし、『TRAIN TV』では、その縛りを個性に変えて、ユニークな番組をいくつも放映している。音のないドキュメンタリー「サイレンタリー」や、声を出してはいけないシチュエーションで隣の人とこっそり大喜利をする「黙喜利」など、バラエティに富んでいる。 ちょっとした感動や笑いは、従来の広告を中心とした映像からは得られなかったものだ。電車内のサイネージから、エンタメが摂取できる時代になった。これは大きな変化だと筆者は受け止めている。 スマートフォンが取り出せないくらいに混雑する朝の満員電車。筆者もその中ですし詰めにされている一人なのだが、そのストレスを『TRAIN TV』が緩和してくれたことは何度もある。何か一つ、気を紛らわせてくれるコンテンツが電車内にあるというだけでも気持ちは大分違った。 ■大きく打たれた広告も話題に 開局以降の反響は? 今年の4月から始まった『TRAIN TV』。現在まででどれだけの反響があったのだろうか。jekiが開局約1ヶ月後に調査したデータによれば、山手線を利用する乗客のうち、おおよそ半数が『TRAIN TV』を認知し、さらにそのうち約3分の2が「以前よりも車内モニターを見るようになった」とポジティブな感情を抱いているとのことだ。 今回、リアルサウンドテックでは『TRAIN TV』を手がけるjeki・佐藤雄太氏(TRAIN TV事業部長)、中里栄悠氏(TRAIN TVブランドマネージャー)に話を聞く機会を得た。『TRAIN TV』開局以降に寄せられた利用者からの声や人気の番組、今後の展望などについて話を聞いた。 ■開局後の反響、人気の番組は? 意外な人気を集めた「サイレンタリー」 ――『TRAIN TV』の開局から2ヶ月(取材時点)、実際に利用者から寄せられた反応にはどんなものがありましたか? 中里:今までは広告を流していたメディアが、オリジナルコンテンツの放映を始めた、とポジティブに捉えてくださる方は多いですね。これはアンケート調査の結果からも明らかです。一方で、SNS上ではネガティブなご意見を頂いている。そういった声は真摯に受け止めていかなくてはいけないと感じています。 TRAIN TVは車内デジタルサイネージの新しい可能性を探るべく、様々なジャンルにチャレンジしていますが、前例のなかった中で挑戦したお笑い番組の反響が非常に大きかったですね。特に、若い世代を中心に、SNSで大きな話題になりました。 ほかには、無音の60秒ドキュメンタリー番組、「サイレンタリー」も人気ですね。今は、子どもと働く両親の姿をドキュメンタリーとして放映しています。お笑い番組と同じくこれもチャレンジングな企画で、「60秒で人は感動できるのか?」という試みでもありました。結果、60秒で“涙腺崩壊”とまではいかないものの、心がほっこりするというポジティブなご意見をたくさんいただきました。「働き方」をテーマにしたことで鉄道を利用する有職者の共感の声が多かったですね。 ――無音のお笑いが面白いのはわかるのですが、サイレンタリーが人気コンテンツになったのは少し意外でした。 中里:そうですね。電車内ではほぼ前例がない中での放映でしたので、反応が読めないところは正直ありました。ただ、蓋を開けてみるとネガティブな声は本当に少なくて。いただくお褒めの言葉の多くはこの「サイレンタリー」についてで、すでにファンもいるくらいです。 ――涙腺崩壊まで行かないのが、逆に電車の中で見るのにはちょうどいいのかもしれませんね。電車の中で涙腺崩壊してしまうとちょっと大変なので。 中里:そうですね。お笑いも含めてですが、そのあたりの塩梅は重要な視点だと思っています。 佐藤:『TRAIN TV』は秋に大きな番組改編をおこなう予定です。改編によって雰囲気がガラッと変わるかもしれませんね。4月の開局時点では、テレビをベンチマークにさまざまなジャンルの番組を試させていただいたので、お客様の声を反映していくことで、『TRAIN TV』を乗客ニーズを踏まえたものにどんどん変えながら番組編成を行っていきたいと考えています。 ■無音の番組など野心的な取り組みを続ける『TRAIN TV』 ――『TRAIN TV』で放映されている番組はすべて“1分かつ音声なし”という制約の中で制作されていますが、そんな番組作りの中で工夫をした点を教えてください。 中里:なるべく言語情報の少ない、ノンバーバルな番組作りという部分は意識していました。たとえば先ほどのお笑いで言えば、ヒカキンさんや、チョコレートプラネットさんのような、無音でも表情や動きで表現が豊かにできる方にご出演いただいています。他にも、視聴してくださっている乗客の方々にとって分かりやすく、フラストレーションを感じさせない番組作りを意識しています。 ――今後、こういった番組をやってみたい!と模索しているものはありますか? 中里:1つはドラマです。開局時には、60秒という縛りや制作コスト等、様々な問題で見送りましたが、今後はチャレンジしていきたいと考えています。NHKの朝の連続テレビ小説のように、その人の日常生活の一部分になるようなものが作れたらいいなと思っています。毎日乗車する電車と非常に相性がいいのではないかと。 また、『TRAIN TV』は音声が出せませんが、車内はイヤホンを使用されている方も非常に多いので、そうしたパーソナル音源と連動したコンテンツも考えていけないかと思っています。これは少し先の話にはなりますが。 「電車の中のTV局」と改めてリポジショニングしてリスタートさせた『TRAIN TV』ですが、現状はベータ版としての位置づけです。開局以降に寄せられた乗客の皆様の様々な声に耳を傾けながら、原型をとどめないレベルの改善を行ってまいります。まずは今年10月の大型改編にご期待いただけますと幸いです。 佐藤:現在『TRAIN TV』はシステムやリソースの都合上、朝から晩まで同じものが流れ続け、1週間ごとに変わる構造になっています。ただ、月曜日の朝に視聴するのに最適な番組、あるいは金曜日から週末にかけて見たい番組など、シチュエーションやモーメントを考慮した最適な番組はそれぞれにあると思っています。また、暑い時には涼しげで癒されるような番組が流れたり、あるいは現実の景色や位置情報と連動した番組が流れたり、最終的にはそういうところを目指したいと思っています。
今世くいな