【天皇賞・春】現役最高のスタミナホース・テーオーロイヤル 長距離戦にこだわった人馬の想いが結実
第169回天皇賞(春)回顧
「さあ、いくぞ!」――4コーナーを回って最後の直線に入る際、先頭に立ったテーオーロイヤルと菱田裕二の姿を見ると、そう言っているかのように見えた。 【動画】テレビ東京杯青葉賞 武豊騎手 勝利ジョッキーインタビュー 日本競馬界において平地最長の距離でのGⅠとなる天皇賞(春)。 スピード勝負が進み、各国では長距離レースの権威が落ちてきているが、そんな時代の流れに逆らうかのように天皇賞(春)は3200mのまま施行され、今もなおホースマンたちの目標となっている。 そんなオンリーワンな個性を持つレースだからこそ、ステイヤーたちにとっては絶対獲りたいタイトル。今年ならテーオーロイヤルが最も天皇盾を欲した1頭だったことだろう。 厩舎に所属する菱田とコンビを組んで阪神芝2400mで初勝利を挙げたのを皮切りに、これまでに勝利したレースで最も短い距離は2200m。 重賞初制覇も菱田とともに挑んだダイヤモンドS(芝3400m)で、3000mを越えた距離のレースはこれまで[3・1・1・0]と昨今の競馬界では珍しいくらいの純粋なステイヤー。 5歳になって早々に骨折するという不運があったが、秋のアルゼンチン共和国杯で復帰すると、次走には3600mのステイヤーズSを選んで2着に入った。 まるで「3000mを走らないとレースじゃないよ」と言わんばかりな成績。今回の天皇賞(春)に挑むまでにもステイヤーズS、ダイヤモンドS、阪神大賞典と3000mを越えるレースばかりを選択して、この大一番に挑んできた。 おおよそ1ヶ月に1度のレース間隔とはいえ、3000mを越えるレースをここまで立て続けに走ってきて天皇賞(春)に臨んだ馬はほぼ皆無。 そのローテーションはまさに頑固一徹。昔気質の職人のような雰囲気がテーオーロイヤルとパートナーの菱田裕二から感じられた。 まるで真夏のような気候の中で行われた今年の天皇賞(春)。長距離をこよなく愛するテーオーロイヤルは有力馬の1頭として見られていたが、単勝オッズを見ると昨年の菊花賞馬ドゥレッツァと1番人気を譲るというまさかの評価に。 「世代レベルに疑問符が付くと言われた4歳馬だが、菊花賞での勝ち方がインパクト抜群」「59キロを背負い、厳しい条件だった前走の金鯱賞で2着。一度叩いて体調面も上向き」…… ドゥレッツァがこうした理由で人気になる一方、テーオーロイヤルには「3000mのレースを3戦連続で使っての臨戦。 見えない疲れが出るころでは?」「スタミナは十分あるが、高速馬場に対応できるスピードに不安」……無尽蔵のスタミナを持つ馬ゆえに、高速決着になりがちなGⅠの舞台で不安視された。 そんな中で迎えたパドック。漆黒の馬体から輝きを放ち、力まずにゆったりと周回するドゥレッツァに対して、テーオーロイヤルはやや発汗が目立つものの、気合十分といった様子で堂々たる闊歩を見せた。 「勝ちたい」と内に闘志を秘めたドゥレッツァ、そして「俺が勝つ」と強い決意を表に出したテーオーロイヤルだったが……レースは真逆の雰囲気で走ってみせた。 スタート直後、マテンロウレオが逃げの手を打とうと先頭に立とうとするのにドゥレッツァが付いていく形に。菊花賞の時のように積極的に動いて行くのかと思ったが、鞍上の戸崎圭太は手綱を引いて2番手に。 そしてテーオーロイヤルはドゥレッツァを見るようにすぐ後ろ。 パドックでは燃え上がるような闘志を見せた馬とは思えないほど落ち着いて、ライバルを見ながら脚をじっくりと溜める。一方のドゥレッツァは気持ちが入りすぎてしまったか、戸崎が手綱を引いて折り合いを付けるのに苦労する様子が見られた。 そうして迎えた2週目の3コーナー。それまで逃げていたマテンロウレオのリードがなくなり、2番手に付けていたディープボンドが仕掛けて馬群は一団に。 3番手にいたドゥレッツァもポジションを上げようと戸崎が手綱をしごき始めた。 この時、テーオーロイヤルはまだ動かず、京都名物の下り坂に入ったところでようやく菱田の手が少し動いた。 前にいるドゥレッツァは戸崎が懸命に手綱を動かしているのに一向に伸びず、むしろズルズルと下がる始末。 最大のライバルがまさかの失速をみせたのとは対照的にテーオーロイヤルは外から徐々にポジションを上げていく。 ドゥレッツァを交わし、サヴォーナを抜かし、マテンロウレオが失速していき、気が付けば馬群は4コーナーを回り最後の直線。テーオーロイヤルは先に動いたディープボンドに並ぶように2番手に付けていた。 ゴールまで残り400mほど。スタミナが問われる流れの中、3年連続でこのレース2着のディープボンドと3000m超えの重賞を総なめにしてきたテーオーロイヤル。 現在の日本で最もスタミナがある2頭が直線で並び叩き合うという迫力あるシーンが見られたが……テーオーロイヤルがこれを力でねじ伏せて先頭に。 残り200m。菱田の右鞭が一発、また一発と入るとテーオーロイヤルはスピードを上げて後続を離していく。 その姿は間違いなく現役最強のステイヤーの走りそのもの。「3000mを越えるレースで、俺に敵う奴はいないだろう?」と、淀に集まった5万人を超えるファンに向かってその力を誇示するような走りを見せた。 ゴール直前、ブローザホーンが外から飛んできたが、既にセーフティリードを取っているテーオーロイヤルには届かない。 現役最高のスタミナホースは後続に2馬身もの差を付けてゴール。テーオーロイヤルは天皇賞(春)を制し、真のステイヤーとして名乗りを上げた。 馬にとっても初GⅠならば、鞍上の菱田にとってもキャリア13年目でのGⅠ初制覇。そして師匠にあたる調教師の岡田稲男にとっても初のGⅠタイトル。この条件のレースにこだわってきた陣営の想いが現実のものとなった。 「リズムも良かったし、下り坂もいい感じで走れて気持ちよく4コーナーに入ってくれた」と、レース後のインタビューで菱田は愛馬の奮闘をねぎらった。そして最後にこう語った。 「自分は20年前の天皇賞(春)を見て、騎手を目指そうと思ったのでとても縁を感じる。その時の自分に『ありがとう』と言いたい」 ……馬も騎手も調教師も、誰もが頑固一徹なまでに長距離にこだわり、天皇盾を目指した。そんな強い決意があの堂々たる走りを生んだに違いない。 ■文/福嶌弘
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