学んだ知識だけでなく「学ぼうとする力」が大切ICTは子供たちに欠かせない――教職員支援機構 理事長 荒瀬 克己氏
中央教育審議会(中教審)は2024年8月、文部科学大臣に対して「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」を答申した。教職員の資質・能力の向上をミッションとする教職員支援機構(NITS)の理事長で、中教審会長を務める荒瀬克己氏に、GIGAスクール以降の時代に求められる教員の役割について聞いた。 ──中教審の答申では、「ICTは学校現場に必須のもの」という指摘がありました。学校教育におけるICT活用の現状をどう見ていますか。 教室に子供たちが集まり教員が教えるという学校の在り方は、明治時代に近代の学制が始まってから150年以上にわたって大きく変わっていません。答申でも触れたように、教育の本質は教師と子供たちとの人格的な触れ合いにあり、単なる知識や技能の伝達にとどまりません。教育を受ける者の人格の完成を目指し、その成長を促す営みです。 教育基本法が規定する「人格の完成」という目的が、日本の学校教育の軸になっています。その太い軸が学びの中心にあるため、学校は新しいことを取り入れたり古いものを廃止したりしにくいシステムになっています。 学校は前例踏襲の文化が色濃く、急激な変化に不安を感じがちです。GIGAスクール構想では1人1台の学習者用端末と校内ネットワークが整備されましたが、同時期のコロナ禍という外的要因がなければ、ICT環境を活用する機運はそれほど盛り上がらなかった可能性もあります。 ──GIGAスクール構想から4年がたち、第2期に入ろうとしています。子供たちの学びは、どう変わったでしょうか。 1人1台端末が整備されたことで、子供たちの目の前には巨大な図書館が現れ、世界中の蔵書にアクセスできるようになったと言ってもよいでしょう。協働的な学びでも、子供たちがさまざまな所で得た知識をお互いに持ち寄り、統合して考えたり取捨選択したりしやすくなりました。クラウドを活用することで、他者の考えも参照できるようになりました。他者とコミュニケーションを取るためのツールとしても、ICTは大きな役割を果たしています。 授業の様子も変わり始めています。端末を最大限に活用して、単元の中でどのような学び方をするかを子供自身に任せる「単元内自由進度学習」を取り入れる学校が増えています。ほかの子たちの学び方を参照したり先生に相談したりして、子供自身が誰と話すか、誰と学ぶかを判断するやり方は、一斉授業での規律を重視した授業観を大きく転換する大胆な試みと言えます。 教師が一斉に教えたり、ドリル学習に取り組んだりすることで、知識を効率的に身に付けることが重要だとする考えが根強くあります。しかし、これからの社会がどのように変化するかは誰にも分からず、過去の経験や知識がそのまま使えるとは限りません。むしろこれからは、教科の知識を使いながら、どう学んでいくのがよいのかという、「学び方」を身に付けることが大事です。 現代の子供たちは膨大な情報の中で生きていきます。さまざまな情報に接して学びを深めるには教科書だけでは限界があります。そこで、多様な情報にアクセスできるICTが必要になります。子供たちは、そして教師もまた、情報の真偽を確かめつつ、他者とも協働して自ら学びを深めていくことが重要になります。情報活用能力ですね。 ──以前から、「コンピューターを使って学べば学力が上がるのか」といった疑問が呈されています。今のところ、全国学力・学習状況調査(学調)の正答率が上がるといった成績に関する報告はないようです。 単元内自由進度学習によって学調などの成績が落ちているのではないかという声はあります。自治体をはじめ、日本の社会は順位や成績を気にしすぎる傾向があります。目の前の成績が気になるのは分かりますが、大切なのは「これからの社会で生きていくために役立つことは何か」ということです。 学力という言葉を考えるとき、この熟語の個々の要素、つまり「学ぶ」と「力」の間に言葉を補う必要があると思います。教室で学んだり本を読んだりして得た知識は「学んだ力」です。これに加えて、学んだことを組み合わせて活用できる「学ぶ力」も必要です。 もう一つ重要なのは、「学ぼうとする力」です。今はまだ十分な力を持っていない人でも、学習意欲が高ければ、その人には大きな将来性があります。社会の場面では、学ぼうとする力を持っている人が強いのです。 「学んだ力」「学ぶ力」「学ぼうとする力」の3つを合わせて学力だとする考えがあります。生きるための学力とは何かということでしょう。学ぶためのスキル的なものも含めて、ICTの活用は役立つと思います。 ──生成AI(人工知能)が使われるようになり、授業で活用する学校もあります。生成AIは、質問をすると何でも丁寧に解説してくれます。こういう時代では、教員が果たす役割も変わるはずです。 これまでの教員の仕事は知識や技能を教えることでした。これからは「子供たちが学び方を身に付けるための学び」を展開できるよう工夫して支えることが中心になります。 2021年1月の中教審答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」では、「自立した学習者」の育成を念頭に置きました。単元内自由進度学習は、子供たちが自律的に学びを深めて自立した学習者として育つための方法の一つです。学びを押し付けるのではなく、子供の興味や関心に応じて学びを深めていけるように授業をデザインしていく。つまり、教員にはコーディネーターあるいはファシリテーターとしての役割が求められます。 ──多くの教員は、そのような授業の経験がなく、教育も受けてきませんでした。NITSは、どのようにして教員をサポートしていきますか。 子供の学びを変えるには、教員自身の学びも変わる必要があります。これまでの教員研修は、どちらかといえば知識の習得や技術の向上に重きを置いていました。大学の先生に来ていただき、集まった教師が講義を聞くという研修です。 それらが全く必要ないとは思いませんが、教員自身がわくわくしたり楽しんだりして探究的な学びを実践しなければ、子供を探究的な学びに導くことはできません。教員の学びと子供の学びは「相似形」です。NITSの研修も、参加者同士が対話する時間や振り返りの機会を多く設け、豊かな気付きの醸成を重視する形に転換しているところです。 初出:2024年10月11日発行「日経パソコン 教育とICT No.30」