“バンドアニメ”の歴史と発展を辿る “キャラの実在感”を強めたメディアミックスの魅力
『ぼざろ』が生んだ、映像と音楽の相乗効果による“リアル”
●物語の内と外の音楽 バンドなどの音楽アーティストたちをアニメで描くことの魅力はどこにあるのか。『ぼざろ』はマンガ原作だが、マンガと映像作品の大きな違いの一つとして、「音」を聴かせられるという点がある。当然、原作ファンもマンガを読んで想像を膨らましていた音楽がどのような形を持って提示されるのか、気になるだろう。 映像作品にとっての音とはなんだろうか。映像作品の音にはざっくりと分けて2種類ある。「物語世界内の音」と「物語世界外の音」だ。「物語世界内の音」とは、作中の世界で実際に聞こえる音のことだ。台詞や歩く音や風のざわめきなど、多彩な音がある。「物語世界外の音」はいわゆるサウンドトラックと呼ばれる音楽に代表される。盛り上がるシーンで音楽が鳴りだすことがあるが、あれらは実際の物語の世界で聞こえているわけではない。一般的なアニメでは、音楽は「物語世界外の音」として用いられる。 だが、バンドアニメなどの音楽を題材にした作品では、楽曲は「物語世界内の音」として存在せねばならない。なので、プロのミュージシャンが作った曲も、基本的にはキャラクターたちによって生み出され、演奏したものだという説得力が必要となるし、音楽の在り方が作品の成否、キャラクター描写のレベルで大きな影響を与えるものであらねばならない 『ぼざろ』の音楽担当スタッフのインタビューでは、こうした劇中曲をどのような方向性で作っているのかを語っている。 岡村:ポップで可愛い曲ではなく、直球の下北沢バンドサウンドにしようということは全員の意見が一致していて、先ほどのようにお2人にお声がけしたという流れです。<中略> 『いまも現役で活躍されているバンドマンの感じるリアルな下北沢の温度感を出してもらえれば』という話で進めていきました。(※2) 本作はデフォルメと省略の効いたシンプルなキャラクターデザインだが、背景はリアル寄りだ。そこに「物語世界内の音楽」もリアルな下北沢を感じさせることで、実在感を強化している。同時に、それらの楽曲は、劇中でキャラクターが演奏しているという説得力がなければならず、楽器の演奏にもキャラクターが反映されている必要がある。楽曲制作においてもキャラクター像が重要な論点となっているのが、以下の証言からわかる。 三井:弦さんとは女子校生が弾いていることを想定したライン引きをどう考えるか決めていきました。途中からは、『後藤ひとりは天才だから何でも弾ける』となりましたが(笑)(※3) 曲のギターの弾き方にも当然キャラクター性を織り込んで考えて作られる。アニメのタイアップ曲は、作品世界観やキャラクターのことを反映させるのは当然だが、劇中曲ならそれはより厳密に行う必要があり、メディアミックスとして一段と深く考える必要がある。 そして、そういう曲を、アニメを飛び越えて現実で展開することは、キャラクターやアニメの世界を、「音」を媒介にして現実に存在させることになる。その曲をアニメの外で聴く時、人はその楽曲を楽しむと同時に、アニメの世界を反芻する。キャラクターが演奏していた劇中曲は、アニメの世界を背負う存在であり、楽曲単体で存在しているというより、アニメ世界の一部として認識される。そのように曲がアニメの一部として認識される時、楽曲単体の評価とは別の価値が生み出される。曲の魅力がアニメによって底上げされ、単体で聴いた時とは別の意味を感じる。 メディアミックスが単なるビジネス戦略ではなく、映像と音楽の相乗効果で一つの表現の形として成立していると言えないだろうか。バンドをはじめとする音楽ものアニメにはそういう可能性があると言える。アニメという表現は絵による虚構のものだからこそ、バンドものは音によって現実に進出することが可能になる。音はこの現実に鳴らせるものであるからで、それを現実でも展開していくというのは、虚構の存在に命を重層的に吹き込んでいく効果があるのではないか。 ●今後も音楽アニメは作られ続ける 今後もバンドアニメは定期的に出現するだろう。もちろん、それ以外の音楽ものも同様だ。それは、日本アニメがメディアミックスを基本とした事業モデルを構築しており、アニメ文化と深く結びついているからだ。 そこから生まれる表現は、ある種海外においては新鮮さがある。YOASOBIの『アイドル』が世界的な評判となったが、そのきっかけはアニメ『【推しの子】』のOPで、作品世界を深く体現するような曲だったことが大きい。いちアニメ、いち楽曲としてそれぞれ楽しむよりも、合わせて「ミックス」して楽しんだ方がより深く味わえる曲だったわけで、これもメディアミックスを表現として捉えることができる事例だ。 YOASOBIの音楽プロデューサーは、講演で“タイアップ文化そのものを世界に広めたい”と語っていた(※4)。言い換えると、アニメと音楽のメディアミックスによる表現の面白さを世界にも伝えたいという意味ではないかと筆者は考えている。アニメという映像を単体で輸出する、音楽を単体で輸出するのとは異なる感覚だろう。その2つの相乗効果には、それぞれ単体の面白さと重なりつつも、別種の魅力があるのだということではないだろうか。 メディアミックスで世界を攻めていこうと考える人間はきっと他にもいるだろう。そうである限り、音楽を題材にしたアニメで劇中曲を展開していく物語は、今後も作られ続けると思われる。バンドアニメはその中心的な題材として、これからも様々な物語と曲を奏でることになるだろう。 参照 ※1.https://www.mushi-pro.co.jp/2010/09/%E3%81%95%E3%81%99%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%AE%E5%A4%AA%E9%99%BD/ ※2.『ぼっち・ざ・ろっく!TVアニメ公式ガイドブック COMPLEX』芳文社、P122 ※3.『ぼっち・ざ・ろっく!TVアニメ公式ガイドブック COMPLEX』芳文社、P123 ※4.https://branc.jp/article/2024/05/27/1099.html
杉本穂高