コーヒーで旅する日本/九州編|誰もが肩の力を抜いて、のんびり憩える場所に。「ROTARY COFFEE」に緩やかに流れる時間
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真】店は築60余年の古民家を利用 九州編の第102回は熊本県熊本市にある「ROTARY COFFEE」。店があるのはJR熊本駅からのんびり歩いて15分弱の本山町という住宅が多く建ち並ぶ地区。店自体も古い民家を利用した和風な見た目で、一見するとコーヒーショップとは思えないたたずまい。ただ店内から漏れ出る温かな灯りが初めて訪れてもどこかウェルカムな雰囲気だ。 ガラス戸を開けるとコーヒー豆や焼き菓子が並び、天井近くにフレンチプレスが無造作にズラリ。レコメンドしてくれたCoffeedotの勝本さんが「アットホームな雰囲気のコーヒーショップ」と言っていたように、とがることなく、ほんわかとした空気が流れている。飾ることなく、狙ってないけど自然におしゃれ。「ROTARY COFFEE」ってどんな店だろう? Profile|東貴史さん 熊本市出身。大学卒業後、福岡でサラリーマンとして働く。知人がコーヒー店で楽しそうに働く姿を目にし、一念発起してコーヒーの道へ。会社員を辞めたあと、福岡市のコーヒーショップで約4年、バリスタとして経験を積み、故郷の熊本で2019年11月、「ROTARY COFFEE」を開業。その後、2022年11月、姉妹店の「LOBBY by ROTARY COFFEE」をオープン。 ■店主の人柄が店に出る 築60年以上経っているという古い2階建ての木造建築がシンボリックな「ROTARY COFFEE」。オーナー・東さんが同店を開く前はスパイスカレーの店だったそうで、その内装をベースに自分たちで改装していったという。確かにところどころにラフな手作りな感じを見て取れ、逆にその手作り感が不完全だけどおしゃれだと感じた。なんとなくそんな店の雰囲気と、店を営む東さんの人柄はマッチする。どこか力が抜けていて、初めてだとつかみどころがないように見える。だけど話してみると実はしっかり自身が目指す店のあり方、ビジョンを持っていて、コーヒー、デザートもめちゃくちゃこだわっている。こういうスタイルのコーヒーショップは行きつけになると最高だろうし、きっと一人でもデートでも、子ども連れでも、どんなシーンでも重宝するはず。 東さんがコーヒーの世界に飛び込んだのはふとしたことがきっかけだった。「もともと熊本の大学を卒業後、福岡でサラリーマンをしていたんです。その業種も特殊でおもしろかったのですが、コーヒーショップを営んでいた知人がいつ会っても楽しそうに仕事していて。『僕もコーヒー店で働いたらあんな風に楽しく仕事できるかな』と考えて、サラリーマンを辞め、そのあとに福岡市のコーヒーショップで働き始めました。コーヒーに関しては全くの未経験でしたが、偶然働かせていただけることになったお店が福岡市内にスペシャルティコーヒーを広めてきた一店で、しっかりコーヒーに関して学ぶことができたのは大きな経験になりましたね」と当時を振り返る東さん。 およそ4年働いたあと、地元に戻って「ROTARY COFFEE」を開業したのが2019年11月。最初はシンプルに一杯点てのコーヒーが楽しめる喫茶というスタイルで、近隣に暮らす人々が集う公民館のような場に。それからスイーツに力を入れ、コーヒー豆も自家焙煎に切り替えるなど、“この店らしさ”を意識し始めると、少しずつ遠くからも同店を目的に訪れる人が増えた。 そんな同店では現在、オリジナリティあふれるスイーツが評判。自家焙煎のコーヒーを使った手作りアイス、塩をかけて食べるピスタチオプリン、贅沢ヴァローナチョコレートテリーヌ、ピスタチオチーズケーキなど定番メニューに加え、旬のフルーツを使った期間限定のスイーツも。 東さんは「スイーツは僕の妻がレシピ作りを担当しているのですが、他店にはない独自性は大切にしています。素材も発酵バターやゲランドの塩を厳選したり、できる限りよいものを使うようにしていますね」と話す。 ■店づくりもコーヒーももっと自由に 5年ほど店を営んできた東さんの中で年々、心境の変化もあるという。 「1年目は初めて自分で店を営む中、当然ですが常に緊張感がありましたね。ただ2年目になると、グーグルマップの口コミやSNS等を見てさまざまな世代のお客さまが来てくださるようになり、そのあたりからもっと自分も自由に楽しみながらお店をやった方がいいなって考えられるようになりました。それはコーヒーも同じかもしれません」 東さんが理想とするコーヒーは余韻の甘さが心地よく続く一杯。いわゆる雑味がなく、冷めてもおいしいコーヒーだ。ただ、それを声を大にして前面にプッシュすることはない。豆売りのプライスカードにそれぞれの豆が持っている特徴的なフレーバーや甘さの質は書いているものの、あくまで好みの味わいを見つける参考になれば程度だ。このあたりもいい意味で力が抜けて、押し付けない東さんらしいスタンス。 豆の種類は2024年9月現在、パルブドナチュラルのブラジル、ハニープロセスのエチオピア、中煎りのサンセットブレンド、深煎りのロータリーブレンド、それにデカフェを加えた全5種のラインナップ。ここ数年人気の発酵感を生み出すプロセスなど、際立って個性的なコーヒーを扱うことはほぼなく、日常的に飲める味わいを大切にしている。 ■みんなが心地いい場所になれたら 「ROTARY COFFEE」から車で5分ほどの場所に、2022年11月にオープンした「LOBBY by ROTARY COFFEE」がある。コーヒーとスイーツはもちろん、月替わりプレートランチ、手作りソーセージのホットドッグプレート、日替わりサラダランチなど食事利用がメインの店。“みんなが心地いいカフェ”をコンセプトに掲げ、小さな子ども連れでも利用しやすい座敷席やキッズチェアを準備しているほか、オムツ替えスペースもあったり、赤ちゃんと一緒でもおいしいランチやコーヒー、スイーツを楽しめる。これもまた東さんの環境の変化から新たに生まれたスタイルだ。 「僕自身、スペシャルティコーヒーの店を開いてから子どもが生まれたこともあり、“こんなカフェがあったらいいな”を形にしたのが『LOBBY』。『ROTARY COFFEE』を開いた当時は、熊本にもっとスペシャルティコーヒーが飲める店を増やしたい、もっと多くの人に飲んでもらいたいという強い思いがありましたが、今はそのときほどの強い意思みたいなものはなくて。なんとなく、もっと自由に誰もが心地よく過ごせる場所であれたらいいなぐらい」と笑顔で話す東さん。まさに、最初に感じたどんなシーンでも使いやすそうというイメージ通りの店になっている。このゆるいスタンス、穏やかな空気感こそが『ROTARY COFFEE』の一番の魅力だろう。 ■東さんレコメンドのコーヒーショップは「H_NNTO COFFEE(ホントコーヒー)」 「熊本県南阿蘇村にある『H_NNTO COFFEE(ホントコーヒー)』。もともと福岡で一緒に働いていた河津くんが2024年春に開いたばかりのお店。店があるのは温泉旅館の敷地内という、コーヒーショップではなかなかないロケーション。阿蘇の牛乳など、地元の素材にこだわっていて、そこでしか味わえないものも多いと思います」(東さん) 【ROTARY COFFEEのコーヒーデータ】 ●焙煎機/Aillio Bullet R1 V2 ●抽出/エスプレッソマシン(LA MARZOCCO Linea PB-2)、ハンドドリップ(Kalita ウェーブドリッパー) ●焙煎度合い/浅煎り~深煎り ●テイクアウト/あり ●豆の販売/200グラム1800円~ 取材・文=諫山力(knot) 撮影=坂元俊満(To.Do:Photo) ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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