格差は避けるべき課題なのか?…貧困、格差、大金持ちにまつわる「資本主義の宿命」
社長と社員の給与格差、どれくらいならOKですか? 日本では、資産5億円以上の超富裕層は9万世帯。単身世帯の34・5%は資産ゼローー。 【写真】社長と社員の「給与格差」、どれくらいなら許せますか? 第一人者が明かす、貧困大国・日本への処方箋。 ※本記事は橘木俊詔『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』から抜粋・編集したものです。
格差は避けるべき課題なのか
日本が格差社会に入ったと主張されてからおよそ四半世紀が経過した。当初はそれに対して論争が起きた。 一つは、統計上から貧富の格差が確認できるのかどうか、である。 もう一つは、格差は避けるべき課題なのかどうか。これに関しては、小泉純一郎元首相の「格差は悪くない」という有名な発言があった。 第一に関しては、格差は拡大しているとの合意がほぼ得られている。第二に関しては、今でも結着は得られていない。 格差を語るには、(1)貧困者、(2)貧富(あるいは所得)の格差、(3)大金持ち、の三者の視点があるが、歴史的には(1)と(2)に研究が蓄積されてきた。(1)の貧困者についていえば、最悪の場合には餓死に至ることもあるので、貧困はもっとも避けねばならない人道上の問題とのコンセンサスがあり、後に述べる学問における社会政策上においても貧困削減策がもっとも重要な論点であった。したがって現実の世界においても貧困に関する統計の整備は進んでいる。 歴史上で貧困が注目されたのは、15~16世紀のイギリスであり、キリスト教の博愛主義から貧困排除が議論された。具体的には1601年に「救貧法」が制定され、貧困者の救済が進められたけれども、解決策はまだ幼稚で、効力があったのは、時代がかなり進んでからであった。 資本主義の成立は失業者を生む世界となり、職のない人は貧困者の代表なので、経済学は失業の克服を大きな問題として扱うようになった。 『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』ではこれら貧困、失業の問題を本格的に検討する。著者も研究書や一般向けの書籍(橘木・浦川『日本の貧困研究』2006年、拙著『貧困大国ニッポンの課題』2015年)を出版して、世の中に警鐘を鳴らして、政策論議を行った。 (2)の貧富の格差にも同様の関心が払われた。大金持ちとくらべて、どれくらい貧困者が不利な貧しい状態にあるかを知ることは社会政策的な要請があるうえに、貧富の格差是正は大いに論じられたし、統計の整備も進んでいる。 じつは、例えば拙著『日本の経済格差』(1998年)、『格差社会』(2006年)などによって、格差問題が提起されてから、一般社会でも「格差」という問題が取り上げられるようになり、「〇〇格差」という言葉が飛び交う時代となった。 しかし、それもそれほど長くは続かず、世の中では人びとは格差を大きく語ることはなくなった。しかし、現実には格差は縮小せず、静かに潜行しつづけたのである。 一方で、(3)の大金持ちについて分析されてこなかった理由として次の二つがある。 第一に、高所得・高資産保有者の統計がそれほど利用可能ではなかった。第二に、これらの人は成功者の証だし、経済への貢献度があるので、問題とする必要性は高くなかった。 ところが、最近になってフランス人の経済学者トマ・ピケティが自国の長期間の高所得者・高資産保有者のデータを発見して、周到な実証研究を行った。さらに彼は理論モデルを加味して、日本を含めた10ヵ国に拡張した実証研究を行い、資本主義の特色を明らかにした。大金持ちの存在が格差社会の象徴の一つであると明快に主張し、経済学者のみならず社会に大きなインパクトを与えた。 『資本主義の宿命』ではピケティの貢献をていねいに紹介して、その主張を読者に判断してもらえるように配慮した。また、ピケティの後継者は格差大国のアメリカのみならず、中国、ロシア、インドなどにも関心を拡げ、高額所得者の情況と課税の実態について分析をしたので、本書でもそれらを検討する。 格差問題は優れて社会・経済的な問題である。具体的には、格差を是正すると経済成長(あるいは経済効率性)を阻害する可能性があるとされる。これは経済成長(効率性)と公平性(平等性)がトレードオフの関係にあるとみなされているからである。理想を言えば、経済成長率はできるだけ高い方が望ましいし、貧困者のいない社会が望ましいとするのは多くの人が認めるところだろう。 経済学説にはいろいろあるが、代表的に大別すると、近代経済学とマルクス経済学に区分される。そこでこれらが格差、あるいはトレードオフ関係にどういう解釈と対処の方法を提出してきたかを明らかにする。さらに近代経済学のなかでも、新自由主義あるいは市場原理主義に忠実な経済学説と、リベラル色のあるケインズ学派・福祉国家派の二つがある。そこでこれら三種の学説が生まれた経緯とその本質を詳しく検討する。 『資本主義の宿命』が取り上げる貧困、格差、大金持ちにまつわる問題はいわば資本主義の宿命と言える。資本主義が拡大すればするほど、貧困は深刻な問題でありつづけ、富裕層はますます豊かになっていき、格差は拡大していく。そのように考えて、著者は、格差や富と貧困の問題についてそれぞれ研究を重ねてきた。 現段階において、私たちは資本主義に代わる制度を見出すことができていない。そうである以上、この格差、富、貧困という資本主義の宿命を直視していくことが求められる。アダム・スミス、マルクス、ケインズからピケティまで経済学者たちがどのようにこの問題と向かい合ってきたかを参考にしながら、いかに資本主義の欠点をできるだけ少なくし、多くの人びとが納得できる社会を作っていくかが問われているのである。 貧困、格差、大金持ちを題材にして、読者が経済の問題に関心を寄せて、どういう社会・経済が望ましいかを考えてみる機会を本書が与えることができれば、望外の喜びである。 さらに、これまでの著者の研究に基づいて、格差問題にどう対処したらよいのか、ヒントになるような政策を提出した。批判をお待ちしたい。 * さらに【つづき】〈社長と社員の「給与格差」、どれくらいなら許せますか? …日本では、企業の経営トップと従業員の報酬格差は「最大174倍」もあった! 〉では、所得格差を考える視点などについてくわしくみていきます。
橘木 俊詔