同意なき人事異動に訴訟リスク 最高裁判決が示した企業の説明責任
塩見卓也弁護士「専門職を不当な配置転換から守る判決」 かつては労働契約を締結した以上、使用者(会社)側に包括的な権限があるという風潮があった。配置転換命令権や人事権の乱用とみなされるのは、「不当な動機」など、例外的にアウトと判断された事案に限られていた。それらを立証するのは困難を伴うので、配転命令の有効性をめぐっては、使用者側に有利な側面があった。 ただ、今後はそうした考えは通用しないことを、使用者側も意識した方がいいだろう。判決によって、配転命令が有効なのかどうかは、労働契約が判断の基になることがより明確になった。 職種を限定した労働契約であれば、会社側は労働者の合意なく一方的に職種を変えることはできない。このことは労働契約法にも明記されている。 判決は学者や医療関係者など、専門的な職業で働いている人にとって、非常に意義あるものだ。今後、不当な配置転換から身を守る武器になったことは間違いない。職種を限定しているか否かは、仮に書面で「職種を限定する」と明記していなくても、長年同じ職種で働いていれば、その実績も考慮に入れて判断される。会社側もそうした事情を含めて労務管理をすることが求められるだろう。 21年には名古屋高裁で、社員個人のキャリア形成への期待に企業は配慮する必要があり、その期待を裏切ってまで行われた配転命令は無効という判決も出されている。 使用者側には労働者への説明責任をしっかり果たす努力がより一層求められることになるだろう。 堀田陽平弁護士「安易なジョブ型雇用には要注意」 労働条件明示のルール変更に関しては、中小企業は特に注意すべきだと感じている。雇用管理の区分が明確な大手企業と違って、人手の少ない中小企業では、部門の垣根を越えた人事異動は日常茶飯事だからだ。 経営者の中には、いまだに「日本企業なら従業員をどこにでも異動できて当然」という意識の人も多い。だが、異動の命令権限は会社側に与えられて当然の権利というわけではない。あくまでも、労働契約や就業規則の定めが根拠となる。今回の最高裁判決でも、このことは明確に示された。経営者や労務管理の担当者はルールの改正と併せて、労働契約に対する意識を高める必要がある。 総合職採用であっても、今後は「変更の範囲」に記載のない業務や勤務地への配置転換は難しくなる。中途採用の場合、将来的な異動の範囲も考慮に入れた採用を心がけるべきだ。職種を限定して採用すれば、本人の同意がない限りは異動が困難になる。 逆に、ルールが明確になったことで、今回の最高裁判例で問題になった「黙示の職種限定合意」の存在が争点となることは今後少なくなると考えられる。 日本企業の中には「ジョブ型雇用」を掲げながら、労働契約上は職種や勤務場所を限定していない事例も少なくない。求職者にとって見れば「ジョブ型なのに異動があるのか」といった誤解を生みかねない。定義づけが曖昧なまま、「ジョブ型雇用」という言葉を喧伝(けんでん)するのは好ましくないと個人的には考えている。
神田 啓晴