還暦で感じたいくつかのこと:小山薫堂 東京blank物語
高齢者の豊かな時間をつくるための事業を
船は100日間世界一周のクルーズで、僕はバンクーバーからホノルルに行くまでの1週間、乗船した。船旅にはいろんな魅力があるが、そのひとつはパッキングをしなくてよいこと。ホテルが移動しているようなもので、着替えをスーツケースに詰め直して街を出歩くということが道中にない。とても楽だ。しかも、普通は寝ている間に移動できないけれども、船は寝ている間に移動する。旅でいちばん大変なのは移動だったりするわけで、その分、旅をすることの本質が倍増するように思う。 風も気持ちよい。シーズンにもよるけれど、デッキで風に吹かれながら海を見たり、満天の星を眺めたり。そして「飛鳥II」は食事も美味しい。これまでいろんなクルーズ船に乗ったけれど、ピカイチだと思う。 飛行機であればバンクーバーからホノルルまで6時間だが、船なら1週間以上かかる。大海原の真ん中で、すれ違う船もなく、島影も見えない。そんな時間を過ごしていると、地球ってこんなに大きいんだよな、人間ってこんなにぎりぎりの奇跡的な隙間のなかに生きているんだなと感じる。人間の生のスピードと船旅とが重なり、とても謙虚な気持ちになる。 このときの乗船者の平均年齢は74歳だった。もちろん事業に成功した30代の夫婦なども乗ってはいるが、多くは余生をどのように楽しむかという人ばかりだ。そしてふと思った。あと10年、15年経ったら自分も同じ立場になるのだなと。そのとき、高齢者の豊かな時間をつくるための事業をやってみたいという思いがあふれ出た。 具体的には「船の老人ホーム」を考えている。大風呂があって、背中を流し合う。日本をぐるぐると周遊し、その土地土地に友達ができる。それが70代からのいちばんの幸福な気がしている。 ■今月の一皿 料理人ゴローによる、これぞ船旅の醍醐味料理!「和牛のタルタル 粒マスタード添え」。 ■Blank 都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。 小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。
小山 薫堂