「60歳の細胞をゼロ歳に戻す」...「山中因子」を使った「若返り」研究の最先端に迫る!
人生100年時代。平均寿命が上がり続けている現代の日本では、そう遠くない未来に100歳まで生きることも当たり前になっているだろう。そんな時代にいつまで現役を続けられるのか? どんな老後の過ごし方が幸せなのか? 医療はどこまで発展しているのか? ノーベル賞学者と永世名人。1962年生まれの同い年の二人が、60代からの生き方や「死」について縦横に語り合った『還暦から始まる』(山中伸弥・谷川浩司著)より抜粋して、「老化研究の最先端」をお届けする。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 『還暦から始まる』連載第8回 『実用化の「死の谷」...最先端の治療法の事業化に立ちはだかる「巨大すぎる」障壁』より続く
「山中因子」を使った若返り
谷川 世界中でいま、老化防止の研究がさまざまな形でなされていると思います。山中さんが注目されている研究にはどんなものがあるんでしょうか。 山中 たとえばiPS細胞の関係で言うと、iPS細胞をつくるための4種類の遺伝子を限定的に使って、細胞を若返らせる研究が進んでいます。 谷川 4種類の遺伝子というのは、山中さんが発見されたいわゆる「山中因子」と呼ばれるものですね。 山中 はい。皮膚や血液の体細胞にその4つの遺伝子を送り込んで、2週間から3週間、働かせていると、いろいろな組織や臓器の細胞に分化する能力を持つiPS細胞になります。この過程を「初期化」――「リプログラミング」と言います。言ってみれば、iPS細胞というのは、たとえば60歳の細胞をゼロ歳に戻す技術です。 しかし、もともと皮膚だった細胞が初期化されるということは、もはや皮膚の細胞ではなくなってしまうので、それでは「若返り」にはなりません。
「リセット」ではなく「元に戻す」ために
そこで、4つの遺伝子を数週間ではなく、3日だけとか、もしくは週に一回だけとか短期間働かせると、60歳の皮膚の細胞が30歳の皮膚の細胞に戻るのではないかという研究が、かなり前から報告されているんです。最初は本当かなと思って見ていましたが、複数の報告があって、僕たちも最近、その研究に挑戦しています。けれども、なかなか一筋縄ではいかないなというのが正直なところです。 完全にゼロに戻すというのは、ゴールが決まっているので、ある意味、楽なんです。それを途中のちょうどいいところで止めるのは、言うは易く行うは難し、ですね。飛び降りて下に着地することはみんなできますけど、途中で止まれと言われても(笑)、それは無理ですよね。でもそれが首尾よくできたら、理論上は老化した細胞の若返りができますし、実際、動物実験でそれに成功したという論文もいくつか出ています。 谷川 そうなんですか。なかなか想像が及びません。 山中 4つの遺伝子のうち、がん化リスクのある遺伝子を除いた3つだけを使うという研究もあります。ハーバード大学のデビッド・シンクレア先生の研究室は、それで緑内障のマウスや加齢マウスの視力を回復したそうです。僕たちも挑戦していますが、その遺伝子がないと、途中で止まるどころか、そもそも止まったままでいつまでも前に進まないので悪戦苦闘しています。