12歳の宇野昌磨が語った「髙橋大輔への憧れ」と「五輪への想い」
フィギュアスケート選手の宇野昌磨を小学生時代から取材し続けてきたジャーナリストが、10年間にわたる歩みを描いた『宇野昌磨の軌跡 泣き虫だった小学生が世界屈指の表現者になるまで』が4月8日、発売された。12歳当時の彼が「憧れの選手」、そして五輪への想いを語った箇所を抜粋をお届けしよう。 【画像】12歳の宇野昌磨が語った「髙橋大輔への憧れ」と「五輪への想い」 昌磨には初めて話を聞くのに、よく知る人々の名前が次々出てくるので、驚いてしまう。彼の小さな身体には、技術も、思いも、大須のリンクの人々に受け継がれてきたものがたくさん詰まっているんだな、とうれしくなってしまった。 このリンクでがんばってきたコーチや選手たちの熱気も、涙も、喜びも、いっぱい吸収した12歳。試合で、エキシビションで、彼が見せてくれるスケートの端々から、先輩たちの築いてきた大切なものを見つけることができる。 さらに彼がいい顔で話してくれたのは、名古屋の外にもたくさんいる、憧れの選手たちのことだ。 特に昌磨の一番のヒーローは、小さなころからずっとこの人。日本人初の男子世界チャンピオンにしてオリンピックメダリスト、髙橋大輔だ。 「名古屋フェスティバルやドリームオンアイスに出られるようになって、髙橋大輔くんとも少しおしゃべりしました! 僕から話しかけられないでいたら、髙橋くんのほうからしゃべりかけてくれて……あれ、すごいスケーターなのに、意外と優しいんだな、と思ったんです。 氷の上で滑っている髙橋くんは、すごく真剣だからかな? けっこう怖い人ってイメージが、ずっとありました。きっと僕となんか、あんまり話してくれないだろうなあ、って思ってた。 でもそんなことはなくて、『昌磨くんはどんなショーに出てるの?』とか、『今回は何公演滑るの?』とか聞かれて、そんなにたくさんじゃないけど、お話できて……。 この間のバンクーバーオリンピック(2010年)でも、やっぱり髙橋くんを一番応援してたんです。髙橋くんが滑る時、自分が試合に出る時よりもずっと緊張したくらい。 だから最初の4回転を転んでしまった時は……ドキッとした。でもすぐに立て直したのはすごかったし、最後はいい演技で、よかったなあって。 やっぱり僕も、髙橋くんみたいになりたい! 髙橋くんはジャンプの質がすごく高いけれど、ジャンプだけでなくステップもうまいし、スケーティングもうまい。 そういうところがぜんぶ好きだし、僕もどんどん真似したいです。今の自分を考えると、そんな選手になれるかどうか、全然わからないけれど……」 「外国の選手では、プルシェンコ(ロシアのエフゲニー・プルシェンコ)さんが一番好き。でも、氷の上で滑っているのを見るだけだと、なんだか怖いおじさんに見えたんです。おじさん……じゃなくて、えーと、お兄さん? でも名古屋のアイスショーに一緒に出て話をしたら、全然印象と反対。やっぱりおもしろくて優しい人だな、って思いました。あ、話したって言っても、お互いジェスチャーなんですけど。 プルシェンコさんは……どうしてあんなに跳べるのか、って不思議なくらい、ジャンプがすごい選手。空中でどんな体勢になっても絶対降りてくるし、成功率も高い。 スケートがすごいのと、話すと優しくておもしろいところ、両方が好きです。 髙橋くんとプルシェンコさんが出たバンクーバーオリンピックを見て、『僕もオリンピックに絶対出たい!』って思いました。 それまでもオリンピックを目指す気持ちは少しあったけれど、本当に強く『出たい!』って思ったのは、やっぱりバンクーバーの時。 4年に一度の、あのすごい緊張感のオリンピック。あそこで自分がどこまでできるか挑戦してみたいな、って思ったんです。 次のソチのオリンピック(2014年)は……僕は16歳になってるから、ルールでは出られる。でも、実力で出られるようになってるかどうかは、わかりません。ソチも行けたら行きたいけれど、行くとしたらやっぱり髙橋くんと一緒に! 髙橋くん、それまで選手を、やめないでほしいな……。そして、『行けたら』じゃなくて絶対行きたいのは、その次。2018年のオリンピックです」 憧れの選手を、見つめる視線。そこから道が見えてきた、オリンピックという舞台。その場所の尋常ではない緊張感を、12歳の昌磨はすでに感じていた。 そこで自分の力を試してみたい、と言う。ただ単純な憧れの視線だけでなく、もうすでに、アスリートとしての貪欲ともいえる目でその舞台を狙っていたことに、今振り返ると驚いてしまう。 「絶対行きたい」2018年の、このころはまだ開催地も決まっていなかったオリンピックへの道を歩むために。12歳の宇野昌磨は、どんな練習を積んでいたのだろうか。 「今、僕が特にがんばってることは、スケーティングやステップ。ジャンプは大事だけれど、それだけじゃなく、ステップもスピンも全部がんばっていて、特にジャンプを降りたあとに、きれいに滑ってみせること。そのスケーティングの練習を、重点的にしているところです。 きれいな滑りを試合でも見せられるようになって、今年は、今までと違う自分になりたいから。 でも僕……あの、ジャンプもあんまり得意じゃありません。ノービスでは、いつも一番? それは一応そうなんですけど、でも試合で絶対大切になる、コンビネーションジャンプが大の苦手。単発ジャンプはまあ、ちょっと得意なので、今年はコンビネーションの3回転‒3回転を目標にして、ジャンプの練習も強化したいです。 でも『強化したい』って言ったら、数えきれないほど強化したいところばっかり! そう思ったのは、やっぱり3位になった全日本ジュニアの時。初めてジュニアの試合に出させてもらって感じたのは、ジュニアの選手たちはスピンもすごく速いし、スケーティングやステップもうまい、ってこと。 ジャンプのレベルなんて、僕とは差があり過ぎます。 今年の僕はどんなにがんばっても、たぶんジュニアのみんなにジャンプで追いつけないと思う。だから今、僕ががんばれるのはジャンプよりもスピンやステップ、スケーティング。今年はそっちをもっとがんばりたいな、と思っています。 じゃあ、僕がみんなよりも得意って言えるもの? うーん……スピンかなあ。表現、かもしれないし。演技ではもっと笑ったほうがいいですか? エキシビションでの表情、硬いですか? あれでも僕としては、がんばって笑ってるつもりなんです! でもあとでテレビを見ると、確かに自分が思ってるほどは、笑ってない……。(樋口)美穂子先生にも『もっと笑ってよ!』って、よく言われています。じゃあ、今度エキシビションに出る時は、もうちょっと笑ってみます。ちゃんと笑って滑ったら、テレビで見て、どのくらい表情が変えられたかチェックしてみよう」 『宇野昌磨の軌跡 泣き虫だった小学生が世界屈指の表現者になるまで』 好評発売中! 宇野昌磨を小学生のころから取材し続けてきたジャーナリストが、宇野昌磨本人の言葉やコーチ、スケート仲間など周りの声を丹念に拾い、彼がいかにしてトップスケーターへの道を駆け上がってきたかを紐解く。
Hirono Aoshima