「免許証も、印鑑も、地主に関する何もかもが『本物』!なのに」…絶対に見抜けない新手法!「世田谷5億円詐取事件」の真相に迫る
今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ」…性的虐待を受けた女性の「すべてが壊れた日」 そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。 同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。 『地面師』連載第56回 『「警察も信じられない、いっそ署の前でガソリンをかぶってやろうか」…「地面師事件」被害者を絶望させた警察の“奇行”』より続く
「世田谷5億円事件」の始まり
始まりは15年4月半ばだ。都内で不動産会社を経営する津波が、かつてNTTの従業員寮だった土地・建物の売却話を知り合いの不動産ブローカーに持ちかけられたことに端を発している。 NTTの寮だった鉄筋の建物は、東急大井町線の上野毛駅に近い世田谷の好立地にある。津波は建物をリフォームすればマンションとして使えると考えた。不動産ブローカーはそんな津波に対し、5億5000万円の買い取り価格を提示し、津波は5億円なら買うと答え、その売買価格で折り合った。 元NTT寮の持ち主である西方剣持(仮名)から犯行グループがいったん物件を買い取り、津波のような不動産業者に転売する。世田谷事件の手口もまた、これまでしばしば見てきた地面師事件と同じく中間業者を一枚噛ませようとした。不動産業界では珍しくもない取引でもあるので、津波にもさほどの警戒意識はなかった。 もっとも、他の地面師事件とは決定的に異なる部分がある。それはなりすまし役が存在しないという点だ。
「なりすましの存在しない不動産詐欺」
地面師事件では、概して詐欺集団が地主のなりすましを用意し、不動産会社に売りつけるというパターンが多い。が、このケースは少し違う。いわば「なりすましの存在しない不動産詐欺」であり、犯行グループは持ち主と不動産業者の仲介者として登場し、最終的に不動産業者から振り込まれた購入代金をせしめた。 ごく簡単にいえば、売り主である地主は本物だが、買い主とのあいだに登場する仲介者が、売買代金を騙し取る。そこには、他の地面師事件にはないカラクリがある。 北田がその犯行計画を仕組んだ。名の売れている北田は「伍稜総建」や「東亜エージェンシー」といったペーパーカンパニーを取引の表に立て、なるべく津波との交渉現場に立ち会わないようにしていた。北田が支配する東亜エージェンシーは社長に松田隆文を据え、従業員の大塚洋とともに窓口として取引を進める形をとった。北田自身は必要最低限、要所要所で取引に登場しただけだ。詐欺は、最初から巧妙に仕組まれていた。被害者である津波が説明してくれた。 「われわれとしては、持ち主の西方さん、東亜エージェンシー、うちの会社というAからB、BからCという取引のつもりでした。本来、2者で取引をすればいいのだけれど、20回に一度くらいはそういう中間業者が介在するケースもあります。B社が物件を探してきてくれた紹介者という位置づけであり、そこに利益を落とさなければならないので仕方ありません」 世田谷の元NTT寮の売買で仲介者として使われたのが東亜エージェンシーなるペーパー会社だった。しかし、彼らが仕組んだ取引はこれだけではなかった。実は持ち主の西方と北田たちのあいだには、別にもう一つの取引が進行していたのである。 『“地面師”が放った一言に戦慄…「世田谷5億円詐取事件」の決定打となった不動産詐欺の「魔法の言葉」』へ続く
森 功(ジャーナリスト)