「ママ大好き」勉強嫌いの中学受験、家中荒らした息子がご機嫌になった切ない理由
少しでも遊ばせてあげようと思ったのは間違いか?
孝多は公園でサッカーをしている男の子がいると、自分から仲間に入れてもらうことをためらわない性格だった。知らない子でもすぐに仲良くなる。公園では、誰もが遊び相手という思いがあるのかもしれない。 しかし受験がはじまると、そんな時間はなくなった。たまに公園に行っても、同じ学年の友だちはほとんどいない。早朝の時間に公園にいるのは、学生や大人ばかりだ。遊びたいという思いを少しだけ大目に見てあげようと思ったが、それも間違いだったのだろうか。 そんな迷いを断ち切ったのは、通りの向こうで信号を待つ孝多の姿だった。じっとしていられず、歩道を自転車に乗ってぐるぐる回っている。信号が変わるとぼくに気づいて、横断歩道を渡りながら得意気に前輪をあげた。 「終わったのか?」 「まだやってるよ。オレだけ先に帰ってきた」 「時計持ってないだろ。時間がわからないと思って、来てみたんだ」 「大丈夫だよ。時計なんかなくたって、だいたいの時間はわかるし」 ちゃんと勉強時間を意識していたといいたいのだろう。ぼくはUターンすると、孝多の後ろについた。もっと遊びたいはずなのに、自分がやらなければいけないことはわかっているのだ。時間を守らなかったことより、そんな意識の変化がうれしかった。 もしかしたら、目の色を変えて勉強しはじめるなんていう時期は、孝多には来ないのかもしれない。自分で計画を立てて、勉強することもむずかしいかもしれない。でも目の前の目標に挑もうとする姿勢は、少しずつだが垣間見ることができる。 これが孝多にとっての自走なのかもしれない。本番まで、あと10日を切っている。みんなよりだいぶ遅かったけど、仕方ないか。ぼくの子どもなんだから。ヘルメットもかぶらずに、好きなコースを自分のペースで走っていく孝多の後を、ぼくは遅れないようについていった。
森 将人(元証券ディーラー)