欲深い人間の生きかたに込められた「もう一つの罰」の意味とは?
---------- 3月27日に発売された『無間の鐘』(著 : 高瀬乃一)。 オール讀物新人賞・日本歴史時代作家協会賞新人賞の話題作『貸本屋おせん』著者の最新作を、デビューからよく知るひとたちはどう読み解くのか? 今回は田口幹人さんによる書評を紹介します。 ---------- 【画像】人間の本性を鮮烈にあぶり出す時代小説
新たな時代小説の書き手
高瀬乃一さんは、現在僕がもっとも新作の発売を心待ちにしている書き手の一人である。 歴史時代小説界に新たな書き手が現れると必ず目を通している僕は、毎年年初に前年に読んだ新たな書き手を対象とした極私的最優秀新人賞を発表している。なんの権威もなく、ただただ一年中歴史時代小説だけを読んで過ごしている何者でもない僕の、推しを紹介するためだけの賞である。 二〇二二年田口賞最優秀新人賞に輝いた作品は、『貸本屋おせん』(高瀬乃一/文藝春秋)だった。 江戸寛政年間、幕府による出版統制下、彫師の父・平治は、手掛けた読本が幕府批判とみなされ、重い刑罰を受け、二度と鑿を握ることができなくなる。母は愛想を尽かし、若い男を作り家を出てしまい、父は酒におぼれた末に自死する。わずか十二歳で天涯孤独となったおせんは、父の知己だった地本問屋の南場屋喜一郎や長屋の住人らに助けられながら貸本屋として生計を立てていく。 『貸本屋おせん』は、貸本屋として馴染みの客に本を届けるおせんが、様々な読本をめぐり身にふりかかる事件の数々に立ち向かう物語である。 随所にちりばめられている本に対するおせんの愛に溢れる眼差しが胸を打つ物語だった。 『無間の鐘』は、待望の高瀬乃一さん最新作である。 今回高瀬さんが題材として選んだのは、『東海道中膝栗毛』などにも登場する遠州七不思議の一つとして有名な「無間の鐘」だ。
欲深い人間たちにおとずれる地獄
その昔、遠州の山寺の観音寺には無間の鐘という、撞くと金持ちになると噂のある鐘があった。しかし、願いを込めてその鐘を撞いた者は、来世は無間地獄に堕ちるといわれていた。 いつの時代も欲深い人は多いもので、その噂は各地に広がり、多くの人が鐘を撞きに押し寄せた。それを見た観音寺の住職は鐘を寺の前の古井戸に投げ込み、埋めてしまったのだが、いまでも地の底から人の欲を聞き届けた鐘が鳴り響いている、などと言伝えられている。 著者は本作において、願いを叶えるための代償として、鐘を撞く者に来世の無間地獄を与えるだけではなく、言伝えにはない「もう一つの罰」を用意していた。この「もう一つの罰」こそが、読みどころであり、人の欲望をより一層引き立たせることにつながっていた。 本書は、六編の「無間の鐘」をめぐる欲深い人間たちの物語で構成される連作短編集である。 春の嵐に遭遇し、乗っていた廻船が難破した船乗りたちが避難する岬の小屋の中で、彼らに対して行われた昔語りで構成されている。語り部は、柿衣に八目草鞋を履き、首から結袈裟をかけ、手甲で覆われた手には錫杖を握る修験者のような姿をした十三童子だ。十三童子は、地中に埋められてしまった無間の鐘をそのまま小柄にした代物を懐に携え、出会った欲や願いを抱える者たちの背中を押す役目を担ってきた。 金持ちになりたい、会いたい、家を守りたい、好きな人に振り向いてもらいたい、欲の深さも人それぞれであり、願いも人の数だけ存在する。そして、悪人だけが欲を唱えるわけではない。ただ一心不乱に願う無知の欲もある。 欲を満たし、願いを叶えるために無間の鐘を撞いた者に与えられる来世の無間地獄とはどんな地獄なのだろうか。